千年後も変わらない里山のある暮らし。持続可能な未来を考える

【原始の姿に還ろうとしている森の姿】

森の案内人ツアー 2022

Posted: 2023.01.10

REPORT

日本列島の真ん中付近に位置する岐阜県は、寒いところが得意な落葉樹も温かいところが得意な常緑樹もどちらも元気に育つ環境が整っています。
「植物が豊富な岐阜県のなかでも、美濃加茂市は丁寧に整備されている森林が多いですね。いつ来ても新しい発見があって、実に奥深いです」と語るのは、森の案内人・三浦豊さん。

PROFILE

三浦 豊(みうら・ゆたか)さん

滋賀県在住の「森の案内人」。建築を学び、居心地のよい空間づくりを求めた結果、「庭があることで風が抜け、よりよい住環境になる」と気づき、庭師となる。自然の樹木を知るために17年前に森を歩きはじめ、5年かけて1人で日本中の森を制覇。森の魅力を伝えるため、12年前に「森の案内人」という生業に。現在はオンラインサロンを通じて森の魅力を発信中。

2021年に続き、今年(2022年)も森の案内人ツアーを行いました。今回は、東山森林公園「下米田さくらの森」を散策。11月中旬ということもあり、葉が色づく様子を見ることができました。「秋はいい季節ですね。紅葉している木もあれば、青々としている木もあって。生息している種類の多さを最も実感できる季節なんです」と三浦さん。

森林浴を楽しむだけでなく、木の個性や生育状態で森の過去や未来に思いを馳せる…。そんな森の楽しみ方を教えてもらいました。

人が植えたのか?自然に芽生えたのか?
謎解きしながら散策する楽しみ

「『森』の語源は、樹木が茂り、盛り上がっていること。自然に芽生えた樹木が多い状態は、庭師にとっては『荒れている』状態なのですが、森にとっては『人の手が入らず、本来の森の姿に還っている』と見ることができます」と三浦さん。

この日訪れたのは「さくらの森」というだけあって、サクラの木がたくさん植えられています。サクラは光や水、ある程度肥沃な土壌がないと育ちません。実際に、日陰でアラカシが元気に育ってしまい、サクラが負けてしまっているところもあります。「この状態ならまだ間に合います。早めにアラカシを切って整備すれば、サクラがまた元気に育ってきますよ。人の意志でサクラが元気に育つよう環境を整えているのか、アラカシが自然に芽生えて元気に育っているのか。それを考えながら森林を見ていくのも、また楽しいんですよね」。

人が植えたのか、自然に芽生えたのか。違いが分かりやすいのは外来種だそうです。日本は森が多く、土の中の菌や微生物が育む環境が独特なので、外来種の樹木は種ができても芽吹くことができないそうです。よって、外来種が生えていれば、それは人が植えたものとかなりの確率で推定をすることができます。

「難しいのは、玄人の職人が植えた樹木ですね。例えば、ネムの木は水を好むので、川沿いに多く生息しています。玄人は、自然に育ったかのような際どい場所を狙って植えるので、判断が難しいのです。それでも、見極め方はあります。人が植えたものは、広い場所・育ちやすい場所に植えるので、枝ぶりがまっすぐ伸びてとてもお行儀がよいことが多いです。一方、自然発生した木は空気を読まないワイルド系。枝ぶりがとても元気でパンチがあるんです。他の木に負けないように『自分はここで生きていくゾ!』という覚悟を感じられれば、自然発生した樹木に間違いありません」。人と違って、自分が生き抜く環境を求めて自由に動くことができない樹木は、芽生えたその場所で生きて、子孫を残していきます。その生き様が枝の伸び方や大きさなどの個性となって表れる…。それは人と同じです。今、目の前にある木はどんな風に生きてきたのか。生きるためにどんな工夫をしてきたのか。想像しながら木を眺めることで、森の散策の仕方がガラリと変わります。

みんな違って、みんないい。
バランスを取りながら、強く生き抜いていく

「例えばクリの木は溝がカチッとしていてマッチョ、リョウブは倒れないように枝ぶりでバランスをとるバランスマスター!など、樹木の個性を自分なりに見つけていくのがおすすめ。個体差でおもしろいのはモチツツジですね。木によって一年中青々としているものもあれば、落葉する木もあり、十人十色です」。実際にこの日も、日当たりのよい場所で落葉する気配もなく青々として大きく枝を伸ばしているモチツヅジを見つけました。一方で、日陰にあるモチツヅジは小さくまとまっており、自らの葉を落として省エネしているかのよう。少しでも多くの日光を取り入れるために枝を横に広げています。「このモチツヅジは、おそらく花を咲かせるエネルギーはないでしょう。子孫を残すのではなく、個体維持に全力投球していますね。このように、生息する場所に合わせて姿を変えることができるのは、半常緑樹であるモチツツジならでは。環境の変化や気候変動に強く、適応能力が高いのが特徴なんですよ」。

森には悪はいません。光が必要な樹木の近くには、日陰でも生きていくことができる樹木が生息し、うまく共存しているのです。美濃加茂の森では、アラカシの木が多く育っています。葉に厚みがあり、ツヤツヤしているのが特徴で落葉しません。「1枚の葉で2年ほど生きるという気合の入った樹木です。毎年栄養価の高いどんぐりの実をつけるため、たくさんのエネルギーを必要とします。このアラカシが多く育っているということは、この森の土が肥沃である証拠。土が肥沃になるには、ひとつの木の落ち葉だけでは栄養が足りません。色々な種類の落ち葉を菌や微生物が分解することで、豊かなエネルギーを蓄えた土になるのです。自分だけの力では生きられない。色々な個性を持った樹木と共存するからこそ、強く生きられる。みんな違って、みんないい。理想の関係性ですね」。

70~120年に一度!
竹・笹の世代交代が進む岐阜の森

「今現在、最も注目してほしいのは、竹や笹です。岐阜市や多治見市でも見られましたが、今、岐阜県の森では竹や笹の世代交代が行われているのです。竹や笹の世代交代は70~120年に一度。枯れて、種をつける様を間近で見られるのは、とってもレアなんです!」と三浦さん。生きている間に竹や笹の種を見られる機会は今後訪れないかもしれません。ぜひこの機会に見つけに出かけてみましょう。

「見てください。尾根を好むヒノキと、水辺が好きなスギ。同じ場所に性質が異なる樹木が生えています。この森林はこの後、どう育っていくのでしょうか。そのヒントがここにあります。ほら、若いスギが育っているでしょう。この環境は、スギが好む環境だということです。この若い木を見ると、スギが『次は自分、行きます!スギの時代です!』と言っているかのようですね。この場所は、今後はヒノキが負けて、スギが元気に育っていくという未来が見えるのです」。

大きな木を見ると、思わず見上げたくなるものですが、三浦さんのおすすめは少し違います。「上を見てリフレッシュするのも森林の魅力ですが、根の近くをよく観察してみてください。育っている若木が見えるでしょう。赤ちゃんの松、まだまだ若いアラカシ…。それらを見つけて、数年後、どんな森になるのか未来を思い描いてみるのも一興です」。

エネルギー革命により一変した
里山の暮らしと森の環境

このように、元気な木の様子を見ると土の状態がわかり、森の過去や未来が見えてきます。

現在よく見かけるヒノキ林は、江戸時代には存在しなかったといいます。なぜか。当時は燃料である薪の需要が高かったので、ヒノキよりも薪となる木が重宝され、たくさん植えられていたからです。先ほど紹介したアラカシも、エネルギー革命(*1)が起きるまでは重宝されていた木のひとつでした。アラカシやエゴの木・コナラなど、よく燃える木や株から枝が伸びて10数年で腕の太さ程になる樹木、やせ地でも育つ樹木など、なんでもいいから芽吹き、茂らせた場所が雑木林です。当時は集落近くの森や雑木林は燃料にするために木が伐られており、原っぱが多かったそうです。しかし、エネルギー革命により薪となる木が伐られなくなると、落ち葉がたまり、どんどん土が肥沃になってきました。あれから、50~60年。生活のために木が伐られることが減った結果、日本中の森林が自然の姿に還りつつあります。「アラカシが生存競争に打ち勝ち、元気に育っている姿・生命力を感じる立派な枝ぶりは、エネルギー革命の前であればうらやましいぐらいの環境だったでしょうね。これから先、この土地の人たちは自然に還る森の姿を見守るのか、人の手を入れて整備していくのか。今後どのようにこの森林が育っていくのか、未来が楽しみです」。

(*1)1960 年(昭和 35)前後に石炭から石油へ転換し、主たるエネルギー源が急速に交替した現象を「エネルギー革命」と言います。

さくらの森

美濃加茂市にある、東山森林公園「下米田さくらの森」。その名の通り、エゾヒガン・ヤマザクラ・ヤブツバキなど35種約5700本のサクラが3月中旬から4月中旬に咲き誇ります。また、米田白山へつながる遊歩道も充実。往復1時間前後で楽しめる低山なので歩きやすく、地元の人たちに親しまれています。ルートが豊富なので、季節や時間帯ごとに異なる風景を楽しむことができます。

美濃加茂市観光協会(minokamo-kanko.jp)

WRITER

吉満 智子(よしみつ・ともこ)/ ライター

愛知県出身、岐阜県御嵩町在住。結婚式場と人をつなぐ仕事をメインに活動中。「ご縁を結ぶ」様々なかたちを目の当たりにし、その根っこにある「人を大切にする想い」の普遍性にしみじみする日々。御嵩に移り住んで感動したのは、徒歩圏内に蛍が飛び交うさまを見られ場所があるということ。守るべきものは、今この瞬間だと実感。

文: 吉満 智子(o-hana)、写真:黒元 雅史(STUDIO crossing)

Posted: 2023.01.10

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