【自然と人を結ぶ新たなチャレンジ】
里山の地域資源を生かす暮らしを次世代へ
Posted: 2024.09.04
岐阜県東白川村—都会から離れた美しい里山には、忘れ去られがちな自然の豊かさと、それに寄り添う人々の暮らしがあります。その魅力を守り、次世代へとつなげるために大きな役割を果たしているのが村雲和裕さんです。一度は都会へ就職したものの、第3セクター「株式会社ふるさと企画」創業をきっかけに東白川村へ戻り、試行錯誤しながら自然と人を結ぶ新たな挑戦に取り組み続けています。この記事では、村雲さんの活動とその思いを通じて、里山が持つ可能性と未来への希望を探ります。
※「つちのこ館」は「株式会社ふるさと企画」が運営している資料館です。地域の特産品も販売されています。
PROFILE
村雲和裕(むらくも・かずひろ)さん
地域再生に尽力する里山の案内人で、岐阜県東白川村出身。一度故郷を離れたものの東白川村へ戻り、地域づくりに全力を注いでいます。村雲さんの目指す未来は、里山と都市を結びつけ、自然と人が共生する持続可能な社会です。特に、子どもたちが里山に触れたときの感動や発見を大切にし、次世代へとつなげていくことを目指しています。
地域に根ざした暮らしの再発見
岐阜県東白川村で生まれ育った村雲さん。「生まれ育った村には昔から変わらない豊かな自然があります。村を離れて都会で生活して初めて、当たり前だと思っていた風景や生活が、実はとても特別なものだったと気づいたんです。都会では自然との距離感が違うんですよね。水や空気、食べ物の源を意識せずに生活してしまう。里山ではそのすべてが身近にあって、それが人々の生活と結びついている。東白川村へ戻ろうと思ったのは、『ふるさと企画』創業と自身の将来について考え始めたタイミングがマッチしたから。家庭をもって子どもを育てていくことを考えた時、故郷の暮らしの方がいいなと思ったんです。自然の厳しさ、生き物の命をいただいているということを実感する暮らしは、里山だからこそできたんだと都会で暮らしてみて再認識したんです」。村雲さんの帰郷の決断は、ただのノスタルジアではなく、里山の価値を次の世代へつなぐという強い意志から来ています。そしてその意志は、今も彼の活動の根幹を支えています。
村と人をつなぐ「ふるさと企画」の取り組み
村雲さんが関わっている「ふるさと企画」では、村の特産品を開発して販売し、都市との交流人口を増やすことを目的として、多様な取り組みが行われています。地域の特産であるトマトを加工したジュースの製造や、自然体験・グリーンツーリズムの企画運営、宿泊施設での体験メニューの提供など多岐にわたります。「特産品を開発して販売したり、体験型の宿泊施設を運営したり、都会から来た方々に里山の暮らしを体験してもらう機会を提供したり。訪れた人に村の魅力を直接感じてもらいながら、地域の人たちと自然に交流できるようにしているんです」。村雲さんがこの取り組みを通じて目指しているのは、単なる観光ではなく、里山での暮らしや文化を肌で感じてもらい、里山と都市部の人々が互いに理解し合うことです。参加者の多くは遠方から訪れ、自然の中での生活を体験することで心身ともにリフレッシュし、地元の人々との交流を楽しんでいるといいます。「参加者の方々の感想を聞くと、里山での生活が心地よくて、また来たいって言ってくれることが多いんです。それが一番うれしいですね。村の人たちも、外から来た方々と触れ合うことで新しい視点を得られたり、やりがいを感じたりしているんですよ」。
地域産業の何をアピールしていくのか。試行錯誤の連続
「ふるさと企画」で手掛けた第一弾の商品は、化学肥料を従来の半分以下に抑えて育てた「桃太郎」をジュースにした「とまとのまんま」。これは、市場に出回ることができず廃棄していた規格外のトマトを商品化することも目的のひとつでした。赤いトマトジュースを作るのに苦労したそうですが、研究を重ねる中で色粉を使うことも検討したそうです。「着色料を使うのではなく、身体にいいもの・本物を作っていきたいと話し合い、完熟のトマトを使うことで赤いジュースを作り出すことに成功。天然なのでジュース1本1本色が違うのですが『水・着色料・保存料を一切使用しないトマトそのものならでは』という付加価値をつけて販売することにしたんです」。初年度の予定本数1000~3000本だったところを、10倍の10000本も作ってしまいましたが売り切ったそうです。「次に、東農ヒノキの間伐材で作る薪を開発しました。一般的な薪は火が長持ちする広葉樹なので、針葉樹であるヒノキはどこのお店でも受け入れてもらえませんでした。でも『地域の活性化につながる村おこしに協力したい。売れるかどうかわからないけど置いてあげるよ』っていうお店が見つかったんです。ヒノキは『火の木』っていうぐらい火がつきやすい薪なので、最初の焚き付けにヒノキを使い、火が燃えてきたら広葉樹の薪へ移行することをPOPに書いて抱き合わせて売ってもらうと即完売!追加依頼が入ったのですが、乾燥させるのに時間がかかるため翌年に持ち越しとなりました。乾燥させるのはシニアの方のお仕事。いいお小遣い稼ぎになるよって喜ばれましたね」。
東白川村の産業を支えてくれるファンを増やしたい
村雲さんの狙いは、このような取り組みを通して里山の文化や自然を守りながら、外部の人々とのつながりを深め、地域全体の活性化を図ることにあります。「里山の生活を守っていくには、そこに住む人たちだけじゃなくて、外部の人たちとも連携していくことが大切。地域を越えて、いろんな人とつながっていくことで、里山ももっと豊かになっていくと思うんです。グリーンツーリズムやスポーツ少年団の宿泊研修、里山体験ができるバスツアーなど、東白川村に来てもらって知ってもらうきっかけづくりに励んできました。でも、一過性にはしたくなかった。『村で食べたお米がおいしかったから、また取り寄せよう』『このトマト、東白川村で作られたのだ。買ってみよう』『また来年来るね』など、遠くにいる親戚みたいな関係性に自然になっていけたらいいなぁと思っていますね。村の外から生産者や生活を支えてくれる方、ファンになってくださる方を増やしたいというのが一番の願いです」。
未来を見据えた「コダマプロジェクト」の展望
村雲さんが現在関わっているもう一つの大きなプロジェクトが名古屋にある「みずのかぐ」の社長・水野照久(みずのてるひさ)さんと一緒に進めている「コダマプロジェクト」です。このプロジェクトは、上流の山と下流の街を結びつけ、地域の自然素材を活用した家具を開発・提供することで、地域資源の新たな価値を創出する取り組みです。「コダマプロジェクトでは、ただものを作るだけじゃなくて、その背景にある地域の自然や文化を大切にしています。家具を作る木がどんな環境で育ったのか、どんな人たちが手をかけてきたのか、そういうストーリーも一緒に伝えていきたいと思っています」。このプロジェクトを通じて、都会で生活する人々に里山の自然素材がもたらす豊かさを感じてもらい、里山の価値を再認識してもらうことが大きな目的です。「都会の人たちは、普段は里山のことをあまり意識しないかもしれません。でも、コダマプロジェクトの商品を手にしたとき、その素材がどこから来たのか、どんな人がそれを作っているのかを知ってもらうことで、里山と都会がつながるんです。そういう小さなつながりが、やがて大きな絆となって広がっていけばいいなと思っています」。
子どもたちの目に映る里山の魅力
コダマプロジェクトの活動の中で特に印象深いのは、子どもたちが里山の魅力に触れたときの反応です。都会育ちの子どもたちが自然と直に触れ合うことで感じる感動は格別だといいます。「コダマプロジェクト第一弾で作ったのは学習机です。購入いただいたご家族は、東白川村へ1泊2日の旅をご招待しています。実際に山で木材が伐採される様子を見ていただいたり、学習机につけるフックを自分たちで作るワークショップを開いたり。都会の子どもたちが初めて里山に来たときの表情って、本当に驚きと感動に満ちあふれているんですよ。例えば、森の中を歩きながら、木々の香りを嗅いだり、川のせせらぎを聞いたりするだけで、彼らはすごく静かに、でも確実に何かを感じ取っているんです」。村雲さんは、そうした子どもたちの反応を見るたびに、里山が持つ力強さと、人々の心に与える深い影響を実感すると言います。特に印象的だったのは、ある子どもが散歩をしているときのことでした。「目を輝かせて『こんなにきれいな小川がすごく近くにあって楽しいね』。『山で伐採する働くお兄さんたち、すごくかっこいい』って言ってくれたんですよ。僕たちにとっては当たり前すぎる風景なんですが、都会の子どもたちにとっては新鮮で感動的な体験になるんだって改めて気づかされました」。このような経験が、村雲さんの活動にとっても大きな励みとなっています。子どもたちが自然とのふれあいを通じて感じる感動は、彼らが大人になったときにも心に残り、里山の価値を未来へとつないでいく大切な種になると考えています。
「里山で感じたこと、学んだことは、きっと彼らの人生の中で大きな意味を持つと思うんです。だからこそ、これからも子どもたちと一緒に、里山の素晴らしさを共有していきたいですね」。
村雲さんの取り組みは、単なる地域活性化にとどまらず、里山と都市、自然と人とのつながりを再構築することを目指しています。村雲さんの活動を通じて、里山の価値を次世代へとつなぐことができるのかもしれません。それは、未来を担う子どもたちが里山の魅力に触れ、そこから何かを学び取る瞬間に象徴されています。この美しい里山が持つ豊かさを未来へと残すために、村雲さんの挑戦は今後も続いていきます。
株式会社ふるさと企画 https://furusatokikaku.com
コダマプロジェクト https://kodama-p.com
WRITER
吉満 智子(よしみつ・ともこ)/ ライター
愛知県出身、岐阜県御嵩町在住。結婚式場と人をつなぐ仕事をメインに活動中。「ご縁を結ぶ」様々なかたちを目の当たりにし、その根っこにある「人を大切にする想い」の普遍性にしみじみする日々。御嵩に移り住んで感動したのは、徒歩圏内に蛍が飛び交うさまを見られ場所があるということ。守るべきものは、今この瞬間だと実感。
文: 吉満 智子(o-hana)、写真:黒元 雅史(STUDIO crossing)
Posted: 2024.09.04