千年後も変わらない里山のある暮らし。持続可能な未来を考える

【郷土料理と暮らしのつながりを守り続けて】

食卓から紡ぐ、地域の物語

Posted: 2024.12.28

INTERVIEW

岐阜県川辺町には、昔からなじみのある料理をレシピに残す「伝承料理保存会」があります。始まりは、山口文江さんが立ち上げた料理教室「気楽会」でした。地元で採れた野菜を余すことなく活用し、農作業や季節行事とともに育まれた郷土料理。「地元の風習と関わりの深い料理を通して昔の人の想いを次世代へと伝えたい」という思いから、山口さんは地域のとともに活動を続けてきました。

PROFILE

山口文江(やまぐち・ふみえ)さん

川辺町伝承料理保存会代表。結婚後、川辺町に移り住み、80歳を迎えた現在も畑仕事を楽しみ、地域活動に精力的に取り組んでいます。夫の実家で農業を手伝いながら調理師の資格を取得し、地産地消を心がけて料理する知恵を育みました。学校給食の調理員として勤務した経験が料理への愛着を深めるきっかけとなり、2008年に気楽会を発足。参加人数はのべ2620人。コロナ禍で活動休止するまで13年間、料理教室を137回開催しました。山口さんの開催する料理教室では年1回「山の子味ごはん」で肉を使うのみで、それ以外には一切肉料理をしなかったそう。

わいわい楽しみながら料理を作って食べる「気楽会」の活動

山口さんの語りには、伝承料理が地域の歴史や暮らしとともに育まれた大切な文化であるという思いが込められています。「『伝承料理保存会』というのは後からできたものなの。うちは野菜やお米を作っているんだけど、たくさん収穫できるから家だけじゃ食べきれないでしょう?それを使って料理して、みんなでわいわい言いながら作って食べたら楽しいかなって。ただそれだけの気持ちで始めたの。気楽な人が集まって、気楽に料理して、気楽に食べましょうって。気楽にしながらも、昔からの想いや習慣も大切にしたいと思って、レシピにちょこっと料理の謂れや風習を紹介していたのよ」と山口さん。「同年代の方からも知らなかった!と言われて驚いたわね。最初は本当に仲間だけで集まって、料理を楽しむだけだったんだけど、役場の方が私たちの活動を知って『伝承料理保存会』としてレシピを残してくれませんか?とお願いされたの。やっていることは変わらないから、引き受けたのよ」。

代表的な郷土料理・五平餅で、準グランプリを受賞した経験も

「この辺りの郷土料理と言ったら、やっぱり五平餅ですね」。五平餅は、岐阜県を含む中部地方の代表的な郷土料理。焼きたてのご飯をつぶして団子状に成形し、串に刺して香ばしく焼き上げるこの料理は、農作業の合間や祭りの際に振る舞われる伝統的な一品です。山口さんの五平餅は、地元のくるみやしょうがを使った特製の味噌だれが特徴です。タレには甘みとコクがありながらも、しょうがの風味がさっぱりとした後味を生み出します。「しょうが汁を入れるのがコツなんです。火を止めて少し冷めたところにしょうが汁を入れると、味がまろやかになるのよ。それを教えたら『おうちでもうまく作れるようになった』って言われてね、本当にうれしかったなあ」。

2019年には、この五平餅が全国農業委員会協議会のレシピグランプリで準グランプリを受賞しました。その際、山口さんは地元の名産品であるくるみやごまをふんだんに使い、地産地消の魅力をアピールしました。

「東京で表彰された時、本当に緊張したわ。でも、みんなが『こんな美味しい五平餅食べたことない』って言ってくれて、それが何よりもうれしかった」。

農作業とともに楽しむ「田の神様の料理」や「刈りかべ料理」

川辺町の伝承料理は、農作業と深く結びついています。特に「田の神様の料理」や「刈りかべ料理」は、農作業の節目に欠かせないものでした。「昔はね、機械なんてないから田植えも稲刈りも全部手作業だったの。『手間返し』と言ってね、ご近所さんにうちの田んぼを手伝ってもらって、うちのが終わると次の家の田んぼへ集まってみんなで作業していたのよ。そして、農作業が終わると『農休み』といって、お疲れ様会をするの。『田の神様の料理』も『刈りかべ料理』もその時に神様へお供えするお料理ね」と山口さん。「田の神様の料理」は、田植えの終わりを祝う料理です。田の神様は恵比寿様と同居しているそうで、苗3束をきれいに洗って、お正月にお供えした黒豆を使って黒豆ごはんを用意。桑の木の枝で箸を作り、お神酒と一緒にお供えして豊作を祈願したそうです。

また、筍やふきの混ぜご飯を朴葉の葉で包んだ「田植えぼち」も田植えの時に食べる料理のひとつ。「田植えぼちはね、本当に特別なものだったわ。朴葉で包むと、香りがいいし、見た目もきれいなんですよ」。

一方「刈りかべ料理」は、稲穂のままお米と里芋入りのおはぎ3つを一升桝に入れて、稲刈りに使った鎌をきれいに洗って乗せて、豊作のお礼と家庭円満を祈って神様にお供えしたそうです。これらの料理は神様に感謝し、自然への敬意を表すための大切な儀式でもありました。そして、農作業を頑張った自分たちをねぎらうご褒美でもあったのです。

お祭りやお節句にいただく、特別なごちそう 

「お祭りや節句には、やっぱり特別な料理が出るんですよ。それが楽しみでしたね」。川辺町では、重陽の節句やお盆、正月などの行事ごとに、料理が大きな役割を果たしてきました。「重陽の節句といったら栗おこわですね。あと、お抹茶と一緒に落雁をいただくのが定番でした」。「菊の節句」とも呼ばれる9月9日の重陽の節句には、前日に菊の花にきせ綿をかぶせておき、翌朝、菊の露や香りを含んだきせ綿で身体を清めると長生きできるとされていました。菊の花は邪気を払い、長生きの花とも言われていたのです。当日は、収穫期を迎える栗を使い、栗ごはんを炊いて神仏にお供えします。

山口さんは料理の作り方だけでなく、その背景にある意味も伝え続けてきました。「作り方を教えてくださいってよく言われるんですけど、大さじ1杯なのか2杯なのかは二の次。大事なのは作り方ではなくて、『なんでこういう料理なんだろう』って考えること。そうすると、料理がもっと楽しくなるんです。お彼岸の中日にお供えするのは、春はぼたもち。秋はおはぎ。同じ小豆を使ったお餅でもその季節に咲く花によって名前を変えているのは素敵よね。季節を大切にしてきた日本人ならではの感性なのかな」。これらの伝承料理は、季節ごとの風習や家族の絆を深める場を作り、地域文化の核となってきました。

旬の食材を美味しくいただく伝承料理と想いを楽しく受け継ぐ。それが地域の力に!

気楽会は料理教室だけでなく、100回記念、10年記念などの節目には文化や伝統を体験するおでかけも楽しんできました。「健康道場へ行ったり、茶道体験をしたりしたわね。参加した人も『こんな体験ができて楽しい』って言ってくれていたわ」。オーストラリアからの観光客が来てくれた時には、五平餅や精進料理をふるまい、我が家のお茶室でお抹茶を点ててもてなしたそうです。「異文化の人に地元の料理を紹介するのは新鮮でしたね。私も楽しかったわ」。

次は伝承料理のカルタを作ろうか!とアイデアを募集している頃、新型コロナウィルスが世界を脅かしました。現在も活動は休止中ですが、その意義や楽しさは多くの人々の心に残っています。「コロナで活動を休んだけど、またやりたいという声がたくさんあるんです。でも、私はもう年だし、若い子が引き継いでくれたらいいなって。第1回目からのレシピや会計報告は全部残してあるし、私もお手伝いするから、ぜひ受け継いでほしいと思っているんです。料理はみんなで作って食べるのが一番楽しい。それが地域の力になるのよ」。次世代に向けて、料理のレシピだけでなく、その背景にある文化や想いを伝え続けていきたいと山口さんは考えています。

農作業や行事と密接につながる川辺町の伝承料理は、地域の暮らしそのものです。その一つひとつが、家族や地域をつなぐ大切な役割を果たしてきました。

山口さんがはじめた「気楽会」は、ただの料理教室を超え、地域文化の記憶を未来へと紡ぐ架け橋となっています。その温かな活動が、これからも多くの人々の心を支え続けることでしょう。

 

WRITER

吉満 智子(よしみつ・ともこ)/ ライター

愛知県出身、岐阜県御嵩町在住。結婚式場と人をつなぐ仕事をメインに活動中。「ご縁を結ぶ」様々なかたちを目の当たりにし、その根っこにある「人を大切にする想い」の普遍性にしみじみする日々。御嵩に移り住んで感動したのは、徒歩圏内に蛍が飛び交うさまを見られ場所があるということ。守るべきものは、今この瞬間だと実感。

文: 吉満 智子(o-hana)、写真:黒元 雅史(STUDIO crossing)

Posted: 2024.12.28

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