千年後も変わらない里山のある暮らし。持続可能な未来を考える

【伊深の文化を未来へ繋げるIBUCALの挑戦】

地域の資源を「暮らしの道具」としてよみがえらせる

Posted: 2025.03.29

INTERVIEW

美濃加茂市伊深町にある築100年を超える古民家・旧櫻井邸。2017年(平成29年)に市へ寄贈されたこの歴史ある建物は、2024年(令和6年)5月に「IBUCAL(イブカル)」として生まれ変わりました。地域材の活用拠点として、木工シェア工房や商品販売などを展開しながら、地域住民との新たな交流の場となっています。この変革の裏には地域の人たちの想いがあり、IBUCALの運営を担う合同会社ツバキラボの和田代表の強い信念と地域へのこまやかな配慮がありました。旧櫻井邸を守り続けてきた伊深まちづくり協議会の小林会長と、IBUCALの運営を担うツバキラボ代表の和田さんに、これまでの歩みと未来への展望を語ってもらいます。

PROFILE

小林 喜典(こばやし・よしのり)さん

生まれも育ちも伊深町。伊深まちづくり協議会3代目会長として、地元の発展と伝統の継承に尽力し、旧櫻井邸の保存活動を進めています。長い間、地域活動に関わりIBUCALの立ち上げにも積極的に協力してきました。

和田 賢治(わだ・けんじ)さん

合同会社ツバキラボ(本社:岐阜市椿洞)代表。木工職人としての知見を活かし、地域資源を活用したものづくりに取り組んでいます。2024年5月にIBUCALをオープン。旧櫻井邸の母屋をショップに、蔵に木工旋盤などの機械を備えたシェア工房を設け、イベントやワークショップを行うなど精力的に活動しています。地域の木材や里山の文化に触れられる場所として、地域の人々と協力しながらより心豊かな暮らしを提案し続けています。

旧櫻井邸からIBUCALへ
地域に根ざした拠点づくり

―旧櫻井邸とは、伊深の人たちにとってどんな存在なのでしょうか。

小林さん(以下、小林):旧櫻井邸はもともとこの地域の名家で、100年以上の歴史を持つ古民家です。この辺りでは一番格式の高いお屋敷でしたね。2017年に持ち主から美濃加茂市に寄贈されましたが、活用方法が決まらず、しばらくの間は使われない状態が続いていました。地域の人たちもこの建物がどうなるのか心配していたんです。更地にする選択肢もありましたが、これだけ立派な建物なので改修して使ってもらいたいという声が多かった。そんな中、大規模改修を行い、IBUCALとして生まれ変わることになったんです。

和田さん(以下、和田):私は以前から「地域材を活用した拠点を作りたい」と考えていたんです。そんなときに旧櫻井邸の話を聞き「ここを地域材活用の拠点にできないか」と考えました。ただ、建物が老朽化していて、そのまま使うには修繕が必要不可欠でしたね。

小林: 最初にIBUCALとしてオープンするというお話を聞いた時に、和田さんはどんな方なんだろう?と知りたくなり、伊深まちづくり協議会のメンバーで、岐阜市にあるツバキラボ本社を訪れたんです。ツバキラボには国内でも非常に珍しい一般の人に開かれた木工シェア工房があり、利用者は、岐阜や愛知だけでなく小笠原(東京)の方もいましたね。全国からここに集まり、作りたいものを作っている姿を見て、旧櫻井邸も和田さんの手で変わるんじゃないか…と可能性を感じたのです。自分たちが協力して何かを作り上げる機会になるなら、ぜひ応援したいと思いました。

和田: ありがとうございます。実際に改修を進める中で、地域の皆さんの支えをありがたく思っていました。例えば、床の修理には地元の大工さんが協力してくれましたし、小林さんが自分たちと地域の人たちを繋ぐよう働きかけてくれたのが大きかったですね。

伐採した木を燃やすのか、形を変えて生きるのか。
人のつながりや想いを残すきっかけに

―IBUCALができたことで、地域にどんな変化がありましたか?

小林: まず「地元の木を活かす」という意識が広まったのが大きいですね。道にせり出てきてしまったセンダンの木を、まちづくり協議会で切ったんですよ。お寺の住職さんから「お盆用に輪切りにできないかな?センダンの木くずはお焼香用にもちょうどいい」という話を聞いて、和田さんに相談してみたんです。

和田: センダンの木を使ったお盆のほか、「いぶいぶ広場」(伊深町内にある広場)のベンチも作らせてもらいましたね。最初は「地域材で何か作れないか?」という話から始まりましたが、実際に製品として形になり、地域の方にも喜んでいただけました。旧櫻井邸の裏庭で伐採したエノキは、母屋にあるショップのディスプレイテーブルにしたんですよ。木は燃やせばなくなります。でも、形を変えれば生き続けることができるのです。「あそこにあったセンダンがこのお盆になったんだね」「おじいちゃんが育てた木が、これなのね」って語り継いでいくことで、人のつながりを感じられる。ただの家具や雑貨ではなく、想いを感じることで物を大切にする気持ちが育ち、より心豊かな暮らしになると思うんです。地域資源を暮らしの道具に変えることで、今あるものを大切に守っていくという伊深の文化を、さらに深めるきっかけになったらうれしいですね。

地域の暮らしや文化を大切に
IBUCALオープンまでの歩み

―旧櫻井邸が生まれ変わる際の課題はありましたか?

和田:先ほど小林さんもおっしゃっていましたが、旧櫻井邸は伊深の人たちにとって特別な場所です。地域の誇りでもあり、想いも詰まっている。その責任をズッシリと感じていますね。だからこそ、地域のみなさんとじっくり話し合いながら進めてきました。伊深は奈良時代の文献に表記が残る歴史ある町です。過去には住民のために私財を投じて川の水をトンネルを掘って生活用水を作った方がいらっしゃって、その生活用水を今でも大切に維持し続けているんですよ。水路に水車と里芋をセットして洗ったりね。IBUCALはそういう暮らしを壊すものであってはならないと思っています。IBUCALという名称は、伊深の文化を大切にしたいという願いを込めて、伊深(IBUKA)と文化(CULTURE)を掛け合わせて名付けました。

小林:私たちは、いかに他の地域から人を呼べるのか、ということを考えていてね。旧櫻井邸のシェア工房で木の器などを作る方たちに、せっかくだから伊深の文化や料理を味わってほしい。伊深のファンになってほしいと考えています。和田さんは「人がたくさん来ることがGOODではない。どんな風に来てもらえるのが地域住民にとって有意義なのか、伊深の文化を知ってもらえるのか」を一番に考えてくれた。今は月に1度のワークショップやシェア工房で作業する人が訪れてくれて、すごくいいバランスで人が集まる場所になっているね。よく考えてくれたと思っています。

和田:人を集めることよりも、やっていることを知ってもらうことが大切だと思っています。伊深の人にも、他のエリアの人にも。

里山の未来を考える
これからの伊深町とIBUCAL

―これからのIBUCALについて教えてください。どんな展望をお持ちですか?

和田: オープンして7か月。まだまだ模索中ですね。伊深は山が身近なのでアクセスしやすいのが特徴です。山で木を切って、製材して、作るのにちょうどいい。地域の資源を無駄にせず、その土地の暮らしに役立つものを作るという昔ながらの仕組みを作っていきたいですね。いろんな方に来てもらって、いろんな声が集まって、試して、アイデアが生まれる場所にしたいと思っています。

―最後に、これから取り組んでみたいことを教えてください。

和田: 里山の風景を未来に残していくために、持続可能な形で木を活用する仕組みを作りたい。そのために、地域の人ともっと密に連携しながら、新しい取り組みを進めたいですね。

小林:伊深まちづくり協議会では、町の魅力をより多くの人に知ってもらえるよう発信していきたいと思っています。町歩きMAPも新しくしたんですよ。これからもIBUCALと協力しながら、共に成長していくことを願っています。

IBUCALは単なる旧櫻井邸の再利用ではなく、地域の歴史や文化を未来へ繋ぐ大切な拠点となっています。地域の木材を活かした製品づくりが行われ、人々の交流の場としての役割も果たしているのです。地域の貴重な資材を暮らしに役立てる仕組みを、次世代に繋げるIBUCALの活動から目が離せません。

旧櫻井邸「IBUCAL」

岐阜県美濃加茂市伊深町592

営業時間:木・金・土曜日 10:00~16:00
※臨時休業の場合がありますので、Instagramでご確認の上、お越しください。

 お問い合わせ:TEL 080-6288-7583

ホームページ:https://tsubakilab.jp/ibucal
Instagram:@ibucal_gifuminokamo
伊深まちづくり協議会ホームページ:https://ibuka-machizukuri.com/

WRITER

吉満 智子(よしみつ・ともこ)/ ライター

愛知県出身、岐阜県御嵩町在住。結婚式場と人をつなぐ仕事をメインに活動中。「ご縁を結ぶ」様々なかたちを目の当たりにし、その根っこにある「人を大切にする想い」の普遍性にしみじみする日々。御嵩に移り住んで感動したのは、徒歩圏内に蛍が飛び交うさまを見られ場所があるということ。守るべきものは、今この瞬間だと実感。

文: 吉満 智子(o-hana)、写真:黒元 雅史(STUDIO crossing)

Posted: 2025.03.29

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