【有機農業がつなぐ、人と自然と地域の未来】
里山と都心、生産者と生活者、上流と下流
Posted: 2025.03.29
美しい棚田が広がる岐阜県加茂郡白川町では、地域の風土を生かした有機農業が営まれています。ここでは、作物を育てるだけでなく、地域とのつながりを大切にしながら、未来へと受け継ぐことを使命とするNPO法人「ゆうきハートネット」が活動中。有機農業の実践に加え、技術の継承や新規就農者の受け入れ、さらには都市と里山を結ぶ架け橋としての役割も担っています。2019年に「農林水産祭 豊かなまちづくり部門」で内閣総理大臣賞を受賞し、岐阜県内で初めて「オーガニックビレッジ宣言」を掲げるきっかけとなりました。この団体が目指すのは「流域自給」です。川の上流である白川町で育まれた作物が、下流の都市に住む消費者とつながり、生産者と消費者が支え合う関係を築いていく…。今回は、「ゆうきハートネット」の活動を支える佐伯薫さん、長谷川泰幸さん、椎名啓さんから見た有機農業の可能性と白川町の未来について語っていただきました。
PROFILE
佐伯 薫(さえき・かおる)さん
白川町出身。NPO法人ゆうきハートネット理事長。1998年の立ち上げから団体の活動に携わっています。トマト農家としての経験を活かし、有機農業の普及や地域活性化に尽力。「流域自給」という理念を掲げ、都市と里山の関係づくりを推進しています。「ここでの暮らしを楽しみたい。おもしろそうなことをやっている町だな!と思ってもらうことが大切だと思っています」。
長谷川 泰幸(はせがわ・やすゆき)さん
兵庫県出身。NPO法人ゆうきハートネット理事。東京でのサラリーマン生活を経て移住。イチゴを作る傍ら、 「子どもたちに本物の食を届けたい」との想いから、食育の活動にも尽力。学校給食への有機食材提供や、地元の小学校で「食べること」「作ること」をテーマに地域の魅力を伝える食育授業を行っています。また、有機農業の販路開拓や、都市部との連携にも力を入れています。
椎名 啓(しいな・けい)さん
茨城県出身。NPO法人ゆうきハートネット理事。サラリーマン生活を経て、白川町の棚田に魅了され移住を決意。有機農業と林業を営みながら、地域に根差した暮らしを実践。「山間地だからこそできる農業」に魅力を感じ、新たな挑戦を続けています。愛知県名古屋市で行われているオーガニック朝市に出店し、地域交流や移住支援にも積極的に関わっています。

ゆうきハートネット始まりは
「気の合う仲間たちとの情報交換」でした
「ゆうきハートネット」の起源は、約30年前にさかのぼります。白川町で有機農業を始めたのは、名古屋の消費者グループのつながりがきっかけでした。「私たちが買い支えますので、白川町で有機野菜を作ってください」という声から始まりました。そもそも白川町は山が多いため耕地が狭く、大規模農業には向きません。それがかえって、少量多品目を作る有機農業にはちょうどよかったのです。当時は有機野菜への認知は今ほど高くありませんでした。最初は「有機農業に興味がある仲間たちで集まり、情報交換をする」という小さな動きから始まりました。時代の変化とともに有機農業への注目が集まり、地域全体の取り組みへと発展。そこから新たな移住者を迎え入れ、現在のようなネットワークが築かれたのです。「農家同士が情報交換して、ここでの暮らしを楽しみたい!というところから始まったんですけどね。ただ作るだけではなく、地域に根付き、持続可能な農業を実現すること。それがこの活動の本質になっていきました」と、立ち上げ当初から関わっている佐伯さんが当時を振り返ります。
「流域自給」―川の流れがつなぐ農と食の未来
「流域自給」という理念は、ゆうきハートネットの根幹です。「白川町は木曽川水系の最上流部にあります。だからこそ、環境に負荷をかけない農業が大切。私たちは環境に配慮しながら安心・安全な農作物を提供する。そして、下流に住む人たちが、上流で作った私たちの野菜を買い、支えてくれる。この関係性が、持続可能な農業と地域づくりの鍵なのです」と佐伯さん。名古屋市のオーガニック朝市への出店など、 都市部の消費者と直接つながる場も設けています。さらに、消費者である都市の方が生産現場に訪れる体験イベントは多い時で70名ほどが訪れるのだとか。「顔の見える関係」が生産者と消費者の信頼を育んでいるのです。「交流人口が増えて、有機野菜をきっかけに白川へ来てもらって、ついでに観光してもらって、それが商いにつながって…と結びついていくといいですよね」。

新規就農者と移住者の受け入れ―未来の担い手を育む
ゆうきハートネットでは、 移住希望者への家探し支援、農地の紹介、研修制度など、 新規就農者のサポートを積極的に行っています。「白川町に移住して有機農業を始めたい人は多い。でも、農地の確保や技術習得のハードルは高いんです。作るのも大変ですが、売るのはもっと大変。だからこそ、他の団体さんとのつながりや流通ルートが大切。そこもゆうきハートネットがハードルを下げてくれましたね」と長谷川さん。「研修を受けてから独立する人もいれば、 私のようにいきなり飛び込む人もいる。この地域には先輩の農家さんがしっかり支えてくれる環境がある。その受け入れ体制が白川町の特徴となって、有機農業に興味がある方が増えているように思いますね」と椎名さんも当時を振り返ります。こうした支援の積み重ねが、 世代を超えた有機農業の継承につながっているのでしょう。


農業体験や都市との交流が生む、新たな価値
農業体験や都市との交流もまた、ゆうきハートネットの大切な活動のひとつ。「田植え体験」「収穫祭」などのイベントを通じて、都市部の消費者が生産の現場に足を運びます。「白川町と名古屋は、遠いと言っても車で2時間ほど。ほどよい距離感なのです。消費者の方が田んぼに入り、泥だらけになりながら稲を植える。日常にない1日だけの農業体験はエンターテインメントのように捉えられがちですが、実際に体験してもらうことで、より白川の農作物に興味を持っていただけているようです。収穫の喜びを知り、買うだけ・食べるだけでは伝わらない農業の大切さを実感してくださる親子の姿もありました」と長谷川さん。交流の中から生まれた移住希望者も多く、 都市と里山の顔の見えるつながりが、未来の農業を支える土台になっています。

人と人、地域と人をつなぎ、未来へ残していく
ゆるやかにつながり合う暮らしへ
こうして、ゆうきハートネットは有機農業を通じて人と地域をつなぎ、持続可能な未来を築くための土台を作っています。「70~80代の第一世代が築いた土台を、40~50代の第二世代が受け継ぎ、 さらに次の世代へとつなげていく。そんな風に、この地域の未来をつないで行ってくれるといいですね」と佐伯さん。一方で、第一世代と同じことをする必要はないとの思いも吐露されました。「ゆうきハートネットとして、こういう活動をします!ということは決めていないんですよ。今、メンバーは40名ほどいますが、みんなそれぞれが、自分にできることを楽しみながら行っているのです。上流と下流、里山と都市、生産者と消費者、人間と環境。『つながりを、つなぐ』という理念に共感してくれているメンバーが、それはもう自由にどんどんアイデアを出して、活動しているんですよ。その結果、交流人口が増え、農業体験から派生してバレルサウナやクラフトビールなんかを作っちゃったメンバーもいますね」と佐伯さん。

「仲間が増えた方が、いろんなアイデアをシェアできて広がっていくんですよね。田んぼが放置されている、山が整備できない…などの課題もあります。里山の暮らしを維持するにはマンパワーがいるのです。農業移住者が増えれば、子どもも増える。この活動を続けることが、白川町を守っていくことにつながっていくといいですね」と椎名さん。「何かを始める時は、とてもパワーがかかります。有機野菜も、移住も同じ。でも、続けていくこと、つなげていくことも大切だと思うんです。今後、ゆうきハートネットをどうしていくのか、自分たち第二世代で相談しているところ。自然とともに暮らす楽しさを、もっと多くの人に知ってほしいですね」と長谷川さん。
白川町に広がる棚田の風景は、この町で生きる人々の営みそのもの。持続可能な里山の暮らしを、楽しみながら未来へつなげる人たちの活動に、今後も目が離せません。
WRITER
吉満 智子(よしみつ・ともこ)/ ライター
愛知県出身、岐阜県御嵩町在住。結婚式場と人をつなぐ仕事をメインに活動中。「ご縁を結ぶ」様々なかたちを目の当たりにし、その根っこにある「人を大切にする想い」の普遍性にしみじみする日々。御嵩に移り住んで感動したのは、徒歩圏内に蛍が飛び交うさまを見られ場所があるということ。守るべきものは、今この瞬間だと実感。
文: 吉満 智子(o-hana)、写真:黒元 雅史(STUDIO crossing)
Posted: 2025.03.29