【東白川村が見つめる100年先】
材木の山から、水を育む森へ
Posted: 2026.08.20
岐阜県東白川村は、東濃ひのきの産地として木材生産を支えてきた村です。けれど今、山との向き合い方は少しずつ変わり始めています。木を売るための山から、水を育む森へ。上流にある村の山を守ることは、下流の水を守ることでもある。
そんな視点から森林監理に取り組む地域森林監理士の田口幸生さんと、地域おこし協力隊として自然と人をつなぐ活動を行う野田恭子さんに、東白川村の森についてお話をうかがいました。
PROFILE
田口幸生(たぐち・こうき)さん
東白川村で生まれ、子どもの頃から山仕事を身近に見て育ち、山の仕事へ。地域森林監理士。元森林組合参事。東白川村の山林に長年関わり、現在は村有林の管理や森林監理に携わる。
野田恭子(のだ・きょうこ)さん
東白川村地域おこし協力隊。自然保護行政、染と織、絵付けの仕事を経て、岐阜県立森林文化アカデミーで森林環境教育や自然体験について学ぶ。現在は、東白川村で豊かな自然を生かした地域おこしに取り組んでいる。
樹齢130年の木々が生きる母樹林
この日訪れた母樹林には、樹齢130年ほどのヒノキが立っています。母樹林とは、良い苗を育てるための種を採る目的で指定された森のこと。今は、100年を超えて育った木々を間近に感じられる、貴重な場所になっています。
「道から少し入るだけで100年を超える木々が立つ森に入れる場所は、このあたりでもなかなかありません。ここは特別な場所です」。この森も、最初から今の姿だったわけではありません。植え、育て、間伐を繰り返し、木を選びながら残してきた結果です。かつては1ヘクタールに3,000本ほど植えられていた木が、今は200本ほどまで減っているといいます。
「200本ほどまで減らして、それでも伐らずに残している。村としてのひとつのチャレンジだと思います」。林業は、自分の代だけで完結しない仕事です。100年前にこれらの木々を植えた人は、今の森を見ることができません。田口さんもまた、100年後の森を見ることはできません。「昔、大きな木があったらしい、という話だけでは伝わりません。やはり、ここに木が存在していることが大事だと思います」。
光が入る山は、木々が健やかに育つ場所
東白川村にある母樹林を歩きながら、田口さんが森の見方を教えてくれました。「間伐していない真っ暗な山に入ると、林業を知らない人でも、なんとなく居心地の悪さを感じると言います。反対に、人が気持ちいいと感じる山は、山も健全に育っているということ。人は、感覚で分かるところがあるんですよね」。
高く伸びたヒノキの間から光が差し、足元には草や低木が広がっています。100年を超えて立つ木々を見上げ、土を覆う下草を見下ろす。そこにあったのは、ただ木が並んでいるだけではない、人の手が入り続けてきた森の姿でした。光が入ること。足元に草や低木があること。土がむき出しになっていないこと。森の健やかさは、木の太さや高さだけで決まるわけではないのです。
東白川村で生まれ育ち、子どもの頃から山仕事を身近に見てきた田口さんにとって、山は仕事の場であると同時に、村の暮らしそのものを映す場所でもあります。田口さんの父親も山仕事に関わっていたそうで、田口さん自身も林業の道へ進み、森林組合を経て、今は役場で村有林の管理や森林監理に携わっています。
「昔は、エネルギー源となる炭や薪を山から出して暮らしていました。夏は畑や茶園で働き、冬になると山へ行き、木を伐ったり、材を出したりする。半農半林のような暮らしをしていた人が多かったですね」。炭を焼く。薪を出す。木を伐る。材を運ぶ。家を建てる。山は燃料であり、仕事であり、暮らしを支える場所そのものでした。
東濃ひのきというブランド名が生まれたのは、戦後のことだと田口さんは話します。 「東白川村のヒノキは、他の地域に比べて成長がゆっくりで、その分、年輪の目が細かいことも特徴です。そういう木を『いいヒノキですね』と評価してもらえるようになりました」と話します。
戦後に植林が進み、木材としての価値が見出されていく中で、東濃ひのきは少しずつブランドとして知られるようになっていきました。
木を売る山から、水を育む森へ
けれど、時代は変わっていきます。木材価格の下落、外材との競争、暮らしの変化、担い手の減少。「山で働く仲間たちと『きっといい時代が来る』と話してきました。でも、なかなかその時代が来ないまま、ここまで来てしまったという思いはあります」と田口さん。
山に人が入らなくなると、すぐに何かが壊れるわけではありません。けれど、木が混み合い、光が入らなくなると、足元の草が消えていきます。その積み重ねが、やがて川の水にも表れるかもしれません。
そんな中で、山の見方を広げるきっかけのひとつになったのが、サントリーとの関わりでした。東白川村には、サントリーの「天然水の森」として指定された森があります。水を事業の根幹とするサントリーは、工場の上流にある森を「水を育む場所」として捉え、村の森づくりにも関わっています。「私たちは木材生産を主体として山を見てきました。でも、サントリーさんと出会ってから、環境のことや、水をどうするのかを一つひとつ考えるようになりました。私たちにとっても、とても勉強になっています」。
木を育て、伐って、売る。それも山の大切な役割です。けれど、山の価値はそれだけではありません。雨を受け止める。土を守る。水を育む。川へ流す。下流の暮らしを支える。材木の山から、水を育む森へ。その視点の広がりこそが、東白川村の森林監理を未来へつないでいます。
足元の草が、土をつくる
田口さんが森の中で何度も大切に語っていたのが、足元の草や低木の存在でした。山に入ると大きな木ばかりに目が向きがちですが、森を支えているのは木だけではありません。下層植生と呼ばれる足元の植物が、落ち葉を落とし、土をつくり、雨で土が流れるのを防いでいます。
田口さんは、下草や低木を「肥料木」と表現します。「下に肥料木があって、それが土をつくってくれる。そう考えると、下層植生は絶対に必要です。ただ、それを保つためには、やはり人が関わり続けなければなりません」。
木材を出す作業だけを考えれば、足元の草や低木はない方が楽かもしれません。しかし森全体のことを考えると、残す必要があるものもあります。「木々の足元に植物が生えていない山は、ぱっと見はいい山に見えるかもしれません。でも、雨が降ると土が流れてしまうのです」。よい山とは、大きな木が立っている山だけではない。足元に草があり、土が守られ、水が育つ山。そのことを、母樹林の明るさと足元の緑が教えてくれました。
守るための仕組みを、村でつくる
東白川村では、FSC認証やカーボンオフセット、自然と共生する美しい村宣言、自然環境保全条例の改正など、森を守るための取り組みも進められています(※1)。
野田さんは、村の森林の状況についてこう話します。「村の面積の90%が森林です。FSC認証林は全国では数パーセントしかありませんが、村内では森林の70%ほどが取得しています」。FSC認証を受けたからといって、木がすぐ高く売れるわけではありません。それでも、続けてきた意味はありました。FSC認証取得の取り組みがあったからこそ、サントリーやWWF(世界自然保護基金)ジャパンとのつながりが生まれ、水質調査や環境DNAの調査など、森の価値を見える形で伝える動きにもつながっています。
「現在、間伐をきちんと行いFSC認証を取得している森林とそうではない森林を、保水力・水質・生物多様性の面でデータ比較する試みも進行中です」。
これは、山を未来へ手渡すための村の意思であり、山の可能性を広げる取り組みでもあるのです。
上流の水が、下流の暮らしへ
東白川村の森が育む水は、村の中だけで完結するものではありません。山に降った雨は土にしみこみ、川へ流れ、下流のまちへと続いていきます。「私たちはたまたま上流に暮らしていますが、下流に暮らす人たちもいます。下流に暮らす人たちへ、きれいな水をつないでいく循環ができるといいと思います」。
山を守ることは、山の人だけの話ではありません。水を飲む人、川のそばで暮らす人、海の恵みを受ける人にもつながっています。「伊勢湾の漁業関係の方々が、植林に来たことがあります。海の貝や魚も、山から流れる養分に支えられている。山が豊かでなければ、海の豊かさにもつながらないという考え方です」。
私たちは、蛇口をひねれば水が出ることを、つい当たり前のように感じています。けれど、その水の背景には、上流の森があり、土があり、そこに関わり続けてきた人たちがいます。
田口さんは、未来を見据えてこう話します。「50年後の日本がどうなっているかは、想像がつきません。この木がどんな価値を生むかも、今は分からない。だからこそ、簡単に伐ってはいけないと思っています」。
山を守るとは、ただ木を残すことではありません。伐る木を選び、残す木を選び、光を入れ、足元の草を守り、次の世代へ手渡していくことです。木材としての価値だけでは測れない森を、100年先の誰かのために残していく。東白川村の母樹林には、そんな小さくていねいな選択が積み重なっていました。光の入る森で見上げたヒノキは、過去から受け継がれ、今を支え、まだ見ぬ未来へ向かって、静かに時間を育てているのです。
(※1) 東白川村では、森を守るための制度的な取り組みも進められています。
- FSC認証
国際的な森林管理や木材・製品の認証制度。適切な伐採・生態系保全・地域への配慮などの基準を満たした森林に与えられる。 - カーボンオフセット
森林の整備などによって吸収・削減されるCO2量をクレジット化し、企業等が自社の排出量と相殺する仕組み。 - 「東白川村 自然と共生する美しい村宣言」
2026年(令和8年)3月に宣言。FSC認証やカーボンオフセットなど環境と経済の両立をめざす取り組みを次世代へ引き継ぐ意思を示したもの。
WRITER
吉満 智子(よしみつ・ともこ)/ ライター
愛知県出身、岐阜県御嵩町在住。結婚式場と人をつなぐ仕事をメインに活動中。「ご縁を結ぶ」様々なかたちを目の当たりにし、その根っこにある「人を大切にする想い」の普遍性にしみじみする日々。御嵩に移り住んで感動したのは、徒歩圏内に蛍が飛び交うさまを見られ場所があるということ。守るべきものは、今この瞬間だと実感。
文: 吉満 智子(o-hana)、写真:黒元 雅史(STUDIO crossing)
Posted: 2026.08.20
