千年後も変わらない里山のある暮らし。持続可能な未来を考える

【築100年の古民家・旧櫻井邸から学ぶ】

100年後のしあわせな里山暮らしを作る
『今』の生き方

Posted: 2021.03.10

COLUMN

岐阜県・美濃加茂市伊深町。人口1200人ほどのこの町は、奈良時代の古文書にも記載されている歴史ある集落です。臨済宗妙心寺派を開いた関山無相大師が修行した地でもあり、妙心寺の奥の院と呼ばれる正眼寺は厳しい修行場として、今なお多くの著名人が訪れています。田園と山、そして家が一体となった伊深町の景観は、まさに日本の原風景そのもの。この田園風景に溶け込むように建つのが、大正5年から8年にかけて建築された旧櫻井邸です。

岐阜県・美濃加茂市伊深町にある旧櫻井邸。

旧櫻井邸は、かつて村長や群会議員を務めた故櫻井福太郎氏が肥料米販売店兼住居として使用していた大屋敷です。この古民家で、歴史の教科書では学べない町・集落ごとの当時の暮らしや技を知り、子・孫世代によりよい環境を残すヒントにしてほしい。そんな想いから、美濃加茂市まちづくり課が主体となって旧櫻井邸を舞台にしたワークショップを開催。このプロジェクトを通して、失われかけているもの、未来へ残していかなければならないものの価値を発信していきます。この取材では、古民家で行われるワークショップの狙いについて、まちづくり課の酒向一旭さんと「一般社団法人 インク」の中島昭之さんにお話を伺いました。

PROFILE

酒向 一旭(さこう・かずあき)

昭和59年生まれ。岐阜県美濃加茂市蜂屋町出身。民間企業退職後平成22年より美濃加茂市役所にて勤務。現在はまちづくり課にて古民家活用や山村振興等の業務に携わるる。自身も空き家をリノベーションして居住し、耕作放棄や里山を活用したイベント等を主催している。

中島 昭之(なかしま・あきゆき)

昭和53年生れ。岐阜県揖斐郡池田町出身。岐阜県立森林文化アカデミー卒業後大阪の設計事務所で5年間勤務後。平成27年に空き家利活用の中間支援組織、一般社団法人インクを岐阜県美濃市で立ち上げ、古民家の調査やまちづくりイベント、DIYワークショップを県内外で行う。

古民家の柱一本づつに、その家と土地の歴史を感じる。

現在と過去のライフスタイルの違いを感じ、考えるきっかけを

美濃加茂市が取り組んでいる古民家改修ワークショップの舞台となる旧櫻井邸は、1,279㎡もの敷地に広がる大屋敷。倒壊の危険はないものの、今後活用していくためには修繕や改修が不可欠です。改修作業は職人のみで行うこともできるのですが、敢えてワークショップスタイルで多くの人たちに体験してもらうことを重視。ワークショップの運営は、美濃市を拠点に古民家改修や活用に携わる「一般社団法人 インク」の中島昭之さんが担当しています。「建築を学び始めた時、なんで世代ごとに家を建て替えるんだろう?昔は親・子・孫の三世代にわたって100年ほど同じ家に住み続けていたはずなのに…と疑問に思ったんです。自分なりに出した答えが『家づくりに関わることがなくなったからかな』と。昔は、自分たちが住みやすいように少しずつ手を加えて、直しながら同じ建物に住み続けていたんです。そしてその分、家に対する思い入れや愛着も強かったと思うんですよね。家だけじゃありません。布は破れたらつぎはぎしながらボロボロになるまで使い、手紙やメモをした紙すら襖の間に挟んで保温性を高めるなど、ものを大切にする気持ち、知恵や工夫がありました。この旧櫻井邸にもそれらが残されていて、見ることができるんですよ。壊れたら捨てればいい。服が破れたら新しいものを買えばいい。そんな『使い捨て』をよしとする現代の生活では、ものを大切にする気持ちは育たないと思うんです。ものがとても貴重だった当時の暮らしを自分の目で見て感じる機会を作ることが、このワークショップの狙いのひとつです。現代とは異なる価値観に気づき、古民家の改修に自分の手を動かすことで、思い入れはより大きくなるはず。旧櫻井邸のワークショップに参加し、体験したことをきっかけに、昔の里山暮らしやこの地方の文化に興味を持ってくれたら」と中島さん。今までこの旧櫻井邸で、「土間づくり」「庭づくり」の2回の改修ワークショップを行ってきました(2021年2月現在)。

かつて地域の人々が集ったであろう土間でのインタビュー。

里山の暮らしを知る「土間」という空間のおもしろさ

かつて民家は、住む人が主体となって土壁を塗るなど家づくりに関わり、より暮らしやすく、快適に暮らせるよう工夫されていました。それは集落ごと、地域ごとに大きな特徴があります。例えば、「土間」の使い方。薪をくべて煮炊きを行うおくどを作るなど生活空間として活用したほか、この地方では紙すき場を設け、ある地方では牛を飼うなど、当時の暮らしや地域性を最も色濃く感じることができるのが土間なのです。また、家の中にありながら、床板を敷かずに地面のまま、もしくは三和土にしており、靴のまま過ごせる気軽さ、アイデア次第で自由に使うことができる多様性も大きな特徴です。今でいうと、全天候型のフリースペースというのが近いでしょうか。室内なので壁がある分、夏は強い日差しから、冬は冷たい雨風から身を守ってくれるとても機能的な空間でもあります。雨の日に木工作業を行うこともあれば、椅子を用意して近所の人たちとおしゃべりをすることも多かったようです。電話やSNSがなかった時代、土間が情報共有・発信の場のひとつだったのでしょう。

酒向さんが見せてくれたのは、この家にあった襤褸(ぼろ)。貴重な布はつぎはぎして大切に使われてきた。

古民家改修の面白さはこんなところにも。紙を無駄にしない、昔の人の知恵。

立派にしつらえられた建具から、この家の歴史を感じる。

未来を創る子どもたちの原体験に

記念すべき第1回目のワークショップは、古民家の特徴である「土間づくり」。ワークショップに参加した人の中には、自宅の土間を自分たちで施工してみたい!と考える人も。実際、新築でも土間を取り入れる人が少しずつ増えてきているのだそうです。当日は、左官職人の指導のもと、ホームセンターで揃う道具を使って体験。ごく狭い範囲であれば参加者も納得の出来栄えになりました。このワークショップでは、貴重な体験ができるだけでなく、職人技に触れることができるのも魅力のひとつ。壊れない・はがれない技など、実際に職人の技術を感じることで、日本家屋を作るのに欠かせない技術継承の重要さに気づく人も多かったようです。職人の技は、マニュアルがあればできるものではありません。人から人へ時間をかけて伝え、技を身体に刻みこんでいくのです。何百年もの時をかけて磨かれてきた技術の継承は、一度途絶えたら、二度と蘇ることはありません。その価値を、まずは感じることが大切なのです。

今回のワークショップで打った土間は、この先もずっと旧櫻井邸に残ります。「自分が作業した部分はこの辺りだったかな」などと愛着を感じて、気軽に足を運んでもらうのも、このワークショップの狙いのひとつ。「かつて民家の土間が担っていた役割のように、地元の人たちが自然に集う場所として、旧櫻井邸をみんなで守り継いでいきたいですね」と、このプロジェクトを担当するまちづくり課の酒向さん。自分たちの世代だけでなく未来を創る子どもにもこの想いを継承してもらいたいと、子どももワークショップに参加可能。より豊かな人生を歩んでいくための原体験になることを信じて、今度も活動を進めていきます。

photo: ワークショップの記録写真より。職人の指導で、土間の施工を学ぶ。

photo: 土間うちワークショップの記録写真より。コテの使い方にはコツがある。

photo: 庭造りワークショップの記録写真より。庭木の剪定方法などを学び、家づくりに活かす。

目的は「古民家を改修すること」ではない

今の日本では、安くて便利なものが簡単に手に入ります。目先のことだけ考えれば、安く簡単に入手できるものは、とても魅力的です。実際に木材は、少し前までは国産よりも輸入ものが安く手に入っていました。結果、山の木々は売れなくなり、価格競争の波にのまれて値崩れを起こし、やがて山は荒れてしまったのです。かつては木を伐って売り、孫・ひ孫の代のために木を植えることで生活をしてきました。これによって、森や山は常に新しい生命をはぐくみ、子どもたちの遊び場になり、自然災害を最小限に食い止めてきたのです。これが、ほんの100年ほど前のこと。

旧櫻井邸の改修ワークショップを通して、里山ならではの自然の循環と職人技を継承することの大切さを実感してもらえたら。次世代、さらにその先まで受け継いでいくための『種まき』ができたら。そのような想いから、森林組合や作家などと協働しながら、今後も旧櫻井邸で製材の販売や木工ワークショップを開催する予定です。

里山ならではの、自然も人もイキイキと育つ環境を作るという世代を超えたこのプロジェクトは、すぐに結果が見えるものではありません。5年後、10年後、私たちの子どもが大人になる頃にようやく何か見えてくる…という、とても時間のかかるものです。取り組みに参加する若者・子どもの思考や行動がどう変わっていくのかを慎重に見極め、試行錯誤しながら、50年後、100年後のしあわせな暮らしを考えて、今なすべきことをし続けていくのです。かつての大人たちが、そうであったように。

 

WRITER

吉満 智子(よしみつ・ともこ)/ ライター

愛知県出身、岐阜県御嵩町在住。結婚式場と人をつなぐ仕事をメインに活動中。「ご縁を結ぶ」様々なかたちを目の当たりにし、その根っこにある「人を大切にする想い」の普遍性にしみじみする日々。御嵩に移り住んで感動したのは、徒歩圏内に蛍が飛び交うさまを見られ場所があるということ。守るべきものは、今この瞬間だと実感。

文: 吉満 智子(o-hana)、写真:黒元 雅史(STUDIO crossing)

Posted: 2021.03.10

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