千年後も変わらない里山のある暮らし。持続可能な未来を考える

【孫子の世代が豊かに安心して暮らせる「まちづくり」を】

里山まちづくりは、未来のヒトづくり

Posted: 2023.03.10

INTERVIEW

PROFILE

美濃加茂市長 藤井浩人(ふじい・ひろと)さん

昭和59年生まれ。岐阜県出身。現場での直接対話や市民との会話、SNSを活用し、様々な人の声に耳を傾け、よりよい未来を創る市政を運営。

山や森林、田畑などに人が手を入れて暮らしてきた地域のことを「里山(さとやま)」と言います。家を建てるための木材、燃料にする薪、衣類に使う繊維、食料、水など、人が暮らしを営むために必要不可欠な資源を得ることが山の整備、管理につながり、生態系が維持され、美しい風景が育まれてきました。洪水が起こりにくい土壌形成、水の浄化など、人々が安全に暮らすための役割も担っています。これは、何千年もの間、この土地に住む親から子へと引き継がれてきた知恵があってこそ。かつてはあたりまえに受け継がれてきた里山で暮らす技術や活用方法は、人口の減少や暮らし方の変化により、意志を持って受け継がなければ継承することができなくなってきています。

みのかも定住自立圏では、里山の価値を広め、担い手を育成するための「里山まちづくり」に取り組んでいます。今回は、藤井市長にこの事業を推し進める背景や想い、未来についてお話いただきました。

安心・安全な暮らしを守るには
里山の維持が必要不可欠

私は、成人するまで里山を意識することはほとんどありませんでした。ですが、飛騨古川にある祖母の家での農作業の手伝いや地域の人たちと協力して行った除雪作業のことは、今でも覚えています。

里山について真剣に考えるようになったのは、20代の頃。きっかけは、バックパッカーで海外を旅している間に起きた心の変化です。海外の美しい景色に触れる中で、ある時ふと「山も、森も、川も、美しい自然も、わざわざ遠くへ行かなくても地元にあるじゃないか」と感じたのです。改めて地元を見つめ直してみると、今までは見えていなかったものが見えてくるようになりました。「価値があるもの、守りたいものは、遠くにあるのではなく、今、目の前にある。昨今の自然災害や農作物の鳥獣被害について考えた時、大きく変わったのは、私たち人間の生活なのではないか。やるべきことをしていたら被害を最小限に抑えられたのではないか」と気づきました。

世の中の暮らしは、本当に便利になりました。石油等の化石燃料やガスが普及し、薪や炭も使わなくなりました。家を建てるための木材も輸入するようになりました。この便利さと引き換えに、山林は荒れていきました。今では、スマートフォンひとつで買い物ができ、ネット環境があればどこでも仕事ができ、24時間営業のお店で食料をいつでも購入できます。便利な暮らしが悪いわけではありません。ですが、便利になる一方で失われていくものがあるということを忘れてはなりません。安心して暮らせる環境があってこその便利な暮らし。そこに目を向け、大切なものを守り、環境や時代に合わせてアップデートしていきたいと思っています。

受け継がれてきたものを丁寧に拾いあげ
今、目の前にある風景を後世へ残す

この里山で私たちの子孫が安心して豊かに暮らすためには、先人が築いてきた暮らしの技術や知恵を受け継いでいかなければなりません。各家庭・地域の中で自然と受け継がれてきたものが薄れてきてしまっている現在、いかに継承し、どう育てていくのか。里山の未来を担う「ヒトづくり」が、里山の暮らしを守ってきた先人たちと将来を担う子どもたちとの間にいる私たちの世代の役割だと考えています。

この取り組みのひとつが「聞き書き」です。里山で、日々どのような暮らしをしてきたのか、ということはあまり記録で残っていません。この日々の暮らしの記録を大正から昭和初期に生まれた方からお聞きして、残していこうという試みです。これにより里山で培われた知恵や技術を後世へと伝えていくことができます。しかし、それだけではなく、語り手と聞き手それぞれに大きな変化が生まれることも「聞き書き」の魅力の一つです。里山とともにあった暮らしやその価値観に触れ、里山保全に積極的に取り組むようになった聞き手もいました。自らの話が若者に与える影響の大きさを知り、人に伝えることの大切さを認識した語り手もいました。「聞き書き」を行った後も、聞き手と語り手の交流が続いている例もあります。お話を聞いて、すべて書き起こして、人へ伝える文章としてまとめる…その過程の中で、知恵や技術とともに、語り手の想いも受け継ぎ、次の行動へとつながっているのだと思います。

顔と顔とを合わせて直接話すからこそ、伝わること、伝えられることがあります。私も、できるだけ現地に足を運び、地域の方にお話を聞くようにしています。画面越しでは聞けないような本音が聞けたり、新しい発見や予期せぬ出会いもあったり…足を運び直接話をする大切さを日々実感しています。

この日も、取材の合間に森林整備をされている地域の方とお話をする姿が見られました。

里山で暮らす知恵や技術を継承している人から話が聞けるのは、今しかありません。全体から見たら小さな取り組みのひとつかもしれませんが、この取り組みが、安心して住み続けられる豊かな暮らしを後世へつなげると考えています。

覚える学びではなく、
体験し、自ら気づき、考える学びを

〝自ら考え、やってみて、検証・改善する力″。これは、生きていく上で必要な力であり、里山の暮らしそのものでもあります。

自然は予測できません。先人は、その年、その日、その時、目の前にある自然と向き合い、どのように手を加えればよいのか、どう対応し生きていけばよいのかを日々考えていました。そんな里山は、子どもたちが体験して考える最高の環境だと言えます。四季折々に姿を変える森、それぞれの場所で強くたくましく生きる草木、様々な生き物、遊ぶための豊富な材料。自然に対して感じる美しさや不思議さ、工夫して成功したときの達成感、失敗を次に活かそうとする意欲、仲間と協力する喜び、多様な価値観…。机上では学べない、大切なことを里山から学ぶことができます。

現代は、スマートフォンひとつで色々な知識を得ることができ、仕組みを理解していなくても、ボタン1つで成り立ってしまう生活です。自分が使っているもの、食べているものが何からできているのか、どうやって作られているのかを意識することもあまりないのかもしれません。だからこそ、里山という多様な学びを得られる場所で、「なぜ?」「どうやって?」「どうしたら?」と疑問を持ちながら、思い切り遊び、何度も挑戦し、考える機会を大切にしたいと思っています。

知恵を集積し、里山での暮らしを守る
圏域全体でよりよい暮らしを

美濃加茂市は北部から山間地域となり、川辺町や七宗町、白川町、東白川村と続きます。美濃加茂市は定住自立圏の中で最も人口が多く、学校や病院、買い物などで加茂郡から多くの人が訪れています。美濃加茂市の住民が豊かに、安心して暮らすことができているのは、美濃加茂北部や加茂郡の地域が里山を維持管理している恩恵を受けているからに他なりません。そこで、圏域全体でよりよく暮らしていけるよう、協力し合い、地域ごとの知恵を共有し、里山を維持するための取り組みを率先して行おうと考えています。

かつて里山の暮らしは、地域での助け合いや関わり合いで成り立っていました。だからこそ、災害時も助け合い、困った時には協力し合い、地域みんなで生きていくことができたのです。現代は、地域での関わり合い方も大きく変化してきています。近所付き合いが苦手、大変そう…という声も聞きますが、“自分だけ”を考えていてはよい地域にはなりません。これは地域間においても同様です。今、圏域は人口減少という局面を迎えています。少ない人口でも、今のように便利なものがなくても、人と人、人と自然、世代と世代とがつながり合い、知恵を出し合いながら生活してきた里山の暮らし。人口減少時代だからこそ、この数十年で失ってきたものを取り戻し、圏域全体で協力し合い、また次世代へと受け継いでいきたいと考えています。

WRITER

吉満 智子(よしみつ・ともこ)/ ライター

愛知県出身、岐阜県御嵩町在住。結婚式場と人をつなぐ仕事をメインに活動中。「ご縁を結ぶ」様々なかたちを目の当たりにし、その根っこにある「人を大切にする想い」の普遍性にしみじみする日々。御嵩に移り住んで感動したのは、徒歩圏内に蛍が飛び交うさまを見られ場所があるということ。守るべきものは、今この瞬間だと実感。

文: 吉満 智子(o-hana)、写真:黒元 雅史(STUDIO crossing)

Posted: 2023.03.10

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