千年後も変わらない里山のある暮らし。持続可能な未来を考える

【話し手×聞き手のクロストーク】

里山の暮らし・知恵を未来へ残す「聞き書き」

Posted: 2024.03.26

INTERVIEW

美濃加茂市と川辺町、白川町、東白川村では里山の暮らしや知恵・技術を未来へ残すため、地域の人々の記憶を文字に書き起こす「聞き書き」に取り組んでいます。令和5年度には、初めて地元及び近隣の高校生から聞き手を募集し、7名の高校生が「聞き書き」を行いました。話し手・井戸春子さんと聞き手・渡邉歩那さんに当時のことを振り返ってもらいました。

PROFILE

話し手:井戸春子(いど・はるこ)さん

岐阜県美濃加茂市山之上で生まれ育ち、現在も山之上に在住。昭和24年生まれ。家庭菜園でお米や野菜、お茶を作る一方、クラフト教室や花壇のお世話などのボランティア活動を行っています。「みなさんに喜んでいただけるのが、私の喜びです」。

聞き手:渡邉歩那(わたなべ・あゆな)さん

関市在住・関高校2年生。担任の先生に勧められて、友人と共に「聞き書き」に参加。話し手は酒屋さんや味噌作りなどの職人が多い中、敢えて職人ではない方にお話を聞いてみたいと思い、井戸さんからお話を伺うことに決めたそうです。

おばあさんから教えてもらった知恵を
若い人へ伝えていく

―「聞き書き」について、井戸さんは最初断ろうと思ったと聞きました。

井戸さん(以下、井戸):私は職人さんではないし、農業を極めたわけでもないので自信がなかったの。普通のことをやっているだけなので、お話することがないかもしれない。躊躇したんですけど、高校生の若い子がお話をしに来るって聞いて、何か役に立つことがあるかなと思ってワクワクしていました。

渡邉さん(以下、渡邉):話を聞きに行くお相手を決める時、何人かのプロフィールを見せてもらったんです。職人さんや男性が多い中、春子さんは色んなことをやられる方なのでおもしろそうだなと思って、春子さんにお願いすることにしました。私は料理が得意じゃないので、料理のお話を聞いて苦手意識をなくしたいっていう気持ちもあったんです。

井戸:私の原点は母じゃなくて、おばあさんなの。季節の植物を使った料理や畑仕事は、全部おばあさんと一緒にやった。私自身がおばあさんになって思うのは「おばあさん役割はすごく大きいな」ってことね。母は家事が忙しくてゆっくり子どもと向き合う時間は少なかったけど、おばあさんは面倒見よく「山にこの植物が育ってきたから料理にしようか」って、色々教えてくれた。おばあさんと一緒にやってきたもの、教えてもらったものが私の原点なんです。今度は私がおばあさんの立場で、若い人に色々伝えていきたいなって思ったんです。

緊張した初めてのインタビューも
次第に打ち解けて楽しいおしゃべりに

― 渡邉さんは誰かにアポを取ってお話を聞くというのは初めてだったと思うのですが、緊張しましたか?

渡邉:めっちゃ緊張しました。事前に市町村担当者が研修をしてくれて、インタビューの仕方を話し合ったり、実際にインタビューをして文字に書き起こす「聞き書き」のリハーサルをしたり。準備はしっかりできたのですが、初対面の方からちゃんとお話を聞くことができるかどうか不安でした。お邪魔する時は「基本的に一人で行くように」と言われていたので、緊張しながら一人で美濃太田駅前からバスに乗って、ここまで来たんです。

井戸:「まだかな、もう来るかな」ってそわそわして、迎えに行ったのよね。

渡邉:私がちょっと聞いただけで春子さんがたくさんお話してくれてうれしかったし、昔のお話は言葉の意味が分からないこともあったのですが、丁寧に教えてくださって。いつの間にか緊張もほぐれて、インタビューっていうよりおしゃべりしている感じで楽しくお話を聞くことができました。

井戸:歩那ちゃんが積極的に色々お話を聞いてくれて、こんにゃくを手作りする話をしたら「今度はこんにゃくも作りたい」って言ってくれてうれしかったわ。一緒に作ったのよね。

2時間ほどかけてじっくりと
こんにゃく作りにも挑戦!

― 渡邉さんは、こんにゃくを手作りできることに驚いたそうですね。

渡邉:こんにゃくはお店で買うものだと思っていたのでびっくりして。こんにゃく芋の名前は聞いたことはあったんですけど、初めて見たし、これをどういう風に調理してこんにゃくになっていくのか知らなかったので、すごく楽しかったです。こんにゃく芋、かわいいなって思いました。

井戸:うちの畑で作っているんだけど、変な形の芋だったのよね。お芋さんをキレイに洗って、切っておいて「さあ、作りましょう」もできたけど、これが芋ですよっていうところから知ってもらえるといいかなと思って。

2~3時間くらいかかったのかな。歩那ちゃんお料理が苦手だって言っていたけど、積極的にお手伝いしてくれたのよ。芋を一緒に切って、お湯を入れて、ミキサーで混ぜて、後はねちゃねちゃひたすら練るの。これもおばあさんが言っていたのよ。こんにゃくの灰汁を入れたら、ひたすら練って練って練って練って練ってって言っていたの。あれ、すごく手がかゆくなるのよ。おばあさんが「私は手が年寄りだから皮がごわっついてかゆくない」って練ってくれて、私はかき混ぜる役だったの。それでも「かゆい」って言うと酢を塗れって言う。酢を塗るとちょっとかゆいのが治まるのよ。そういう知恵がたくさんあったのね。今は手袋やミキサーがあるから、こんにゃく作りも随分楽になったのよ。

― 手作りこんにゃくの味はどうでしたか?

渡邉:市販のより美味しくて、感動しました!お刺身みたいに切って醤油で食べたのも美味しかったし、お鍋に入れたこんにゃくも美味しかったです。家族からも大好評でした。「買うもの」だと思っていたこんにゃくが、こんなに手がかかっているとは思いませんでした。昨日も市販のこんにゃくを食べたんですけど、食べながら「これこうやって作るんだったよなぁ」って思い出していました。お店に並んでいる食材も、知らないだけで色んな人の手間や苦労がかけられているんだなぁと実感するきっかけになりましたね。

季節の訪れを感じる食べ物やごちそう

― 初めて聞いた言葉で印象に残っているものはありますか?

渡邉:よもぎ餅のことを「ぶんたこ」って言うことは知らなかったです。

井戸:この辺りだけじゃなく、岐阜県の他の地域でも言うみたいね。春になるとおばあさんとよもぎを取りに行って、「ぶんたこ」を作ってもらったの。春が来たんだなぁって感じる食べ物だから、今でも毎年作るのよ。季節を感じるのは食べ物だけじゃなくてね、「この季節にはこの種をまく」「苗を植える」という農作業もおばあさんのお手伝いをしながら覚えていてね。普段食べる野菜や豆、芋は全部作っているの。草刈りでも力仕事でも、子どもの頃におばあさんに仕込まれたのでそんなに嫌じゃないですよ。作物ができるのも楽しみだけど、綺麗にするのも楽しみのひとつね。

― 井戸さんが育ってきた環境と、渡邉さんが育ってきた環境の違いは、かなり大きいですね。

渡邉:この数十年でガラッと変わって、全く違う世界を生きているんじゃないかって思いました。びっくりしたのは、お祭りのごちそうにタニシを食べるっていうお話。本当に驚きました。

井戸:タニシを取るのが子どもの仕事だったのよ。お祭りの前にみんながバケツ持って田んぼへ取りに行くの。タニシを取る時はね、ふくって開いている穴が目印なんよ。田んぼをじっと見て、ちょっと穴が開いてるところにいるの。

渡邉:タニシが、お祭りの時に食べるごちそうだったんですよね。

井戸:ごちそうです。春のお祭りには必ずタニシを大きな釜で煮て、殻から身を取り出して綺麗にして、分葱と味噌和えにして食べるの。もうひとつのごちそうが、おばあさんが作ってくれたお豆腐を使った料理なんだけど、今でもお店で売っているのを見かけるわね。再現して作っても昔の味にはほど遠い。他にごちそうがない時に食べたから、美味しく感じたのかもしれないね。

物事の背景を知る大切さ、人生哲学を学ぶ

― 「聞き書き」を通した気づきの中で、最も印象に残っているエピソードを教えてください。

渡邉:ぼた餅は食べことがあるし、春に食べるものだというのは知っていたんですけど、なぜ春に食べるのか、理由や背景を知らずに食べていました。田植えを手伝ってくれた人のためにぼた餅を作るとか、そういう背景を知ることができたのもおもしろかったですね。「お平」はお正月に女の人が動かなくてもいいようにたくさん作っておいて、温めて食べる話にも「なるほどなぁ」って思いました。背景を知ることができてよかったです。

井戸:私もおばあさんから聞いたのよ。聞いていなかったら、今も知らなかったかもしれない。作りながら聞いて、話しながら作ったから覚えているのね。

―渡邉さんは「聞き書き」の中で、井戸さんの生き方を尊敬すると書かれていましたね。

渡邉:春子さんは好きなこととか、やりたいことだから…と色々活動されています。毎日あちこちで活動されていて、私よりもアクティブなところがすごいなって思います。

井戸:ボランティアや体操教室、サロン、クラフト教室を開く中で、人とのご縁があったり、みんなとの会話が楽しかったり、刺激になったり。80才とか90才の人生の先輩方もいらっしゃるんだけど、そういう人からいろいろ話を聞いて教えてもらうことも多くて。好きなこと半分、おしゃべり半分ね。

渡邉:好きなことを実際に行動に移せるっていうのが、すごく素敵だなと思うんです。こんにゃく作りはとても手間がかかるんですけど、春子さんはその作業を嫌だと感じたことがないって言われていて。ひとつのことに打ち込む姿、いろんなことに興味を持って楽しむ姿は、私も見習いたいと思っています。自分が楽しみながら、地域の方たちを元気にする春子さんのように、私も人のために何かをすることを喜びにできるような進路を考えたいと思ったんです。

井戸:自己満足かもしれないけど、みんなが喜ぶ顔を見て、私も喜んでいるだけなのよ。

山之上の現状を一緒に語ってくれた井戸さんの夫

聞いた話を書き起こすことで
いろんな人へ知恵・暮らしを伝え、残す

― 今後も高校生たちが「聞き書き」を続けていくと思います。渡邉さんが感じた難しかった点、参加してよかった点などを教えてください。

渡邉:普通に暮らしていると絶対に知り得ないことを知ることができるし、背景を知って、自分自身の考え方も変わりました。普段食べている野菜やこんにゃくが、誰かの手間や努力からできていることを改めて実感できたのも大きいです。インタビューした内容を文章にまとめるのは時間がかかり、大変でしたね。でも、話してもらった内容を噛み砕き、頭の中を整理することができるので、たくさんの人にぜひ挑戦してもらいたいなって思います。

地域に残る若い人が減っているので、地元に愛着を持つ・魅力を再確認するという面でも「聞き書き」はいいんじゃないかなと思います。

井戸:高校生の若い子がそういう感想を持ってくれて「聞き書き」に協力した甲斐があるわね。これからも、お友達を連れて遊びに来てね。歩那ちゃんの人生を応援したいなって思っています。

― 「聞き書き」を通して、おふたりの人生が交わったんですね

井戸:お年寄りの人と話すのとは違って、夢があるのよね。若いということは、これから生きていく時間が長いってことですもの。こうやってわざわざ来てくれて、驚いたり、感動してくれたり、うれしいわって言ってくれると、私もうれしいです。昔の暮らしを知ってもらって、楽しそうだな、私もやりたいわって思ってもらって、つながっていくといいですね。つい先ほど「聞き書き」の原稿を読みました。私の思い以上に伝えてくださって、とても感動しています。

WRITER

吉満 智子(よしみつ・ともこ)/ ライター

愛知県出身、岐阜県御嵩町在住。結婚式場と人をつなぐ仕事をメインに活動中。「ご縁を結ぶ」様々なかたちを目の当たりにし、その根っこにある「人を大切にする想い」の普遍性にしみじみする日々。御嵩に移り住んで感動したのは、徒歩圏内に蛍が飛び交うさまを見られ場所があるということ。守るべきものは、今この瞬間だと実感。

文: 吉満 智子(o-hana)、写真:黒元 雅史(STUDIO crossing)

Posted: 2024.03.26

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