千年後も変わらない里山のある暮らし。持続可能な未来を考える

【東白川村へ自然の恵みを実感する有機農法の米づくり】

環境にやさしい里山の暮らしを求めて

Posted: 2022.12.10

COLUMN

PROFILE

竹内良雄(たけうち・よしお)さん

大阪出身。資源を育てながら環境にやさしい暮らしをするため、1995年に滋賀県から東白川村へ移住。「ほたるの里農園」を営み、無農薬・有機肥料で自然に配慮した米づくりを行っています。この農園は、移住当初、近くに流れる川にほたるが飛び交い、星の瞬きとの融合に感動して命名。ニワトリ80羽ほどのお世話をしながら、ガスやガソリンなどのエネルギーを最小限に抑えた環境にやさしい暮らしをしています。

標高1000mほどの山々に囲まれ、村の中央に清流・白川が流れる東白川村。この村で米づくりを行っている竹内さんは、大阪で生まれ育ち、田畑で遊ぶ幼少時代を過ごしたそうです。高度経済成長に伴い、自然が失われていくのを目の当たりにする中で「自然に関わる仕事をしたい」と強く思ったのが移住のきっかけだったそうです。27年前(2022年現在)のことでした。

「二酸化炭素の増加やオゾン層の破壊によって自然環境が損なわれています。昔のように公害による環境破壊ではなく、ガスや電気を気ままに使い、ゴミを出すだけ!という自分自身の生活も環境を破壊している一因なんですよね。自分の生活を変えることで何かできることがあるのではないか。農業や林業を行い、資源を育てながら環境にやさしい里山の暮らしをしたい。そう思っていたところ、妻が背中を押してくれて東白川村へやってきたのです」と竹内さん。ここでは、東白川村の自然と向き合いながら、自然と共に生きる竹内さんの暮らしをご紹介します。

田んぼの生態系を守る米づくりで
自然に生かされているのを実感

竹内さんは無農薬・有機肥料で米づくりを行っています。「山にはたくさんの木が生育しています。葉が落ちて、腐葉土になり、微生物により少しずつ分解され、やがて植物の成長に欠かせない栄養になります。これが有機農法の原理だと思います。田んぼにはたくさんの生き物が暮らしていて、役割分担してそれぞれの生態系を育み、バランスを取りながら米を実らせている。この自然界の生産システムは本当にすばらしいと思います。もちろん、稲にとって害虫になるものもいますが、それをカエルやクモ、トンボ、ツバメが食べてくれるのです。だからこそ、昔の人はツバメをとても大切にしていて、家に巣ができるように工夫していたんですね。有機農法は手間ひまがかかりますが、手をかけた分、恵みをもたらしてくれる田んぼに愛着が沸いてくるんです」とやさしく微笑む竹内さん。米が実るのを見ると、「自然に生かされている。」と感謝の気持ちがこみあげるそうです。そう感じるのも、無農薬・有機肥料で米づくりを行う難しさを実感しているからこそ。苦難は10年ほど続いたそうです。

手間ひまかけて、丁寧に
環境にやさしい有機農法の難しさ

農業初心者だった竹内さんは有機農業についての研修を3か月ほど受けて、それ以降は試行錯誤しながら先輩農家さんに教えてもらったり、本で調べたりして農業を営んできました。「一雨ごとに草はスクスクと育つので、草取りひとつとっても大変です。でも、草取りをしないと草に養分を取られてしまい、稲の実りが少なくなってしまう。発酵鶏糞や米ぬか・あぜ草の堆肥などが肥料になるのですが、足りないと実りが少なく、多めに入れると今度は病気が広がってしまうんです。加減が非常に難しいですね。安定した収穫が得られるようになるまで、10年ほどかかりました」。

法律で認められた農薬、肥料を基準の範囲内で使う一般的な慣行農法では、豊富な養分で育つため収穫量に期待できます。また、農薬を撒くことで雑草や害虫は抑制されるので、草取りの手間や病気のリスクも軽減。一方で有機農法では、窒素分を抑え株の間隔を空けて風通しをよくすることで、病気を防ぎます。そのため、慣行農法よりも収穫量が少なくなってしまうとのこと。「最も怖いのはイモチ病です。穂首などにカビが生えてしまう病気で、稲が実らないうえに一気に広がってしまいます。慣行農法と有機農法では、育て方や手のかけ方、収穫量が全く異なります。それでも有機農法にこだわるのは、お米と一緒に多様な生物を育み、生態系を守るという『環境にやさしい米づくり』をしたいから。その一心です」。

豊かな実りをより美味しくする
昔ながらの乾燥方法「はざ干し」を継続

刈り取った稲は、はざ(木や竹で作った骨組み)に掛け、天日と風でゆっくり乾燥させる「はざ干し」を行います。竹内さんが移住した当時は東白川村でもはざ干しをしている農家は多かったそうですが、現在では3軒ほどだと言います。稲刈りから脱穀まで一気にできるコンバインに比べて手間ひまがかかるうえ、高齢化による労働力不足もはざ干しが減った要因のひとつなのだそう。「稲刈りからはざ干しまで、田んぼ一反で3日ほどかかります。時間も体力もかかる作業ですが、天日干しすることで稲の葉や茎に蓄えられていた養分が稲穂に送られ、お米はよりおいしくなるんですよ。乾燥機を使用しないのも『環境にやさしい農業』の取り組みのひとつなんです。できる限りガソリンなどの燃料を使わずに、自然界の生態系のバランスを大切にした米づくりをする。それが、自分の考える理想の米づくりなんです」と竹内さんは教えてくれました。

提供写真:はざ干しの様子

美味しいお米と卵のために
ニワトリの餌は国産&手作り

竹内さんは、お米の肥料となる鶏糞のために、ニワトリを80羽ほど飼育しています。
「飼育しているのは、ゴトウモミジという卵をよく産んでくれる品種のニワトリです。卵は収入にもなりますからね。ずっと一緒に生活していると、鳴き声で気持ちが伝わってくるんですよ。怒っている時、外敵が近づいてきた時、卵を産んだよ!と教えてくれる時。それぞれ鳴き方が違うんです。餌をあげると『ルンルン』って鳴いているように聞こえるんですよ。かわいいですよね」とやさしくにわとりを見つめる竹内さん。大きな小屋に集団で生活しているニワトリもいれば、個室に入っているニワトリも。「ニワトリも人間と同じで個性があります。いじめっ子やいじめられっ子、卵を食べちゃう子、仲間のお尻をつついて血を吸っちゃう子も…。ストレスや栄養不足が原因なのかな?と思って、問題のある子は個室に入れて、餌もどんどん改善していきました。ニワトリの餌にはとても気を使っています。餌は、ニワトリの身になり、美味しい卵、米作りの肥料となる鶏糞につながっていくのですから。すべては循環ですよね。餌の材料はすべて国産で、手作りしています。大豆は炒ったものと煮たものを挽いて、魚の粉末や糠(ぬか)、広島のカキの殻、発酵型の微生物を混ぜて完成。タンパク質とカルシウムが不足しないように気をつけています」。

栄養バランスの取れた餌づくりにも手間ひまをかけるのは、美味しい米づくりのため、そして美味しい卵を産み出してもらうため。ニワトリの声に耳を傾け、毛並みやツヤから健康状態を見極め、餌を調整し、ストレスなく暮らせるように環境を整えていく。ニワトリと向き合い、試行錯誤しながら改善していく姿勢もすべて、環境にやさしい米づくりの一環と言えるのかもしれません。

自然の恵みを活用する
環境にやさしい日常生活

竹内さんはご自身の暮らしでも灯油やガソリンの使用を最小限に抑える「環境にやさしい生活」を意識しています。「お風呂のお湯は薪ボイラーで炊くんですよ。遠赤外線の効果で身体の芯まで温まります。部屋を暖める薪ストーブや、ご飯を炊く竈(かまど)も活用しています。竈は杉の枯れ枝や薪を割って火をつけるのですが、薪は冬場に山仕事をしたとき、材木として要らない木や枝をもらってきて活用しています。飯盒炊飯でやったことがあると思いますが、ごはんを炊く時の火は『はじめちょろちょろ中ぱっぱ』。これは、薪に火が燃え広がる過程そのものなんですよ。水分がなくなり『チリチリチリ…』と音がしたら火を引いて15分ほど蒸らします。慣れれば難しいことは何もありません。甘味とうまみが詰まったふんわりご飯の完成です」。実際に、一粒一粒がピンと立ち、ツヤツヤと輝くごはんが炊きあがりました。

竹内さんの家にあるハンガーラックやハンガー、スリッパラックは、よく見ると木そのもの。「この木を見つけた時、この枝ぶりならハンガーになるかなぁと思って持ち帰ったら、ぴったりだったんです。いいでしょ?これ」と味のあるハンガーラックを見せてくれました。「理想の里山暮らしに近づいてきているけれど、完成形じゃない。ガソリンや灯油、車などに頼らざるを得ないところもありますが、自分でできる範囲でこれからも『環境にやさしい暮らし』を続けていきたいと思っています」。

便利な暮らしの中では、自然との関わりを意識し、自然を守る行動を実践することは難しいかもしれない。

「土や自然界の生物たち、材木など、自然の恵みを活用する米づくりや暮らしを行うことで、環境が整っている里山の貴重さを実感します。『自然を守る』ということは、誰もが頭ではわかっていること。でも、都心から山や川を思うだけでは、それを実感することは難しいように思います。たとえば、田畑を耕し、薪でごはんを炊き、お風呂を沸かす。自然の恵みを生活の中に生かすことで、恵みをもたらしてくれる自然を守らなければという想いが自ずとわいてきます。わざわざ田舎に来なくてもいい。近所にある公園でも、森林浴でもいい。自然の中に身を置いてください。気持ちいいですよ!自然は人に潤いや安らぎを与えてくれます。自然を感じ、自然と向き合って生活していくことが、環境にやさしい暮らしだと思うのです。まだまだできることはあるはず。そういう気持ちを持ち続けることが、この里山を守ることに繋がっていくように思うのです」。

WRITER

吉満 智子(よしみつ・ともこ)/ ライター

愛知県出身、岐阜県御嵩町在住。結婚式場と人をつなぐ仕事をメインに活動中。「ご縁を結ぶ」様々なかたちを目の当たりにし、その根っこにある「人を大切にする想い」の普遍性にしみじみする日々。御嵩に移り住んで感動したのは、徒歩圏内に蛍が飛び交うさまを見られ場所があるということ。守るべきものは、今この瞬間だと実感。

文: 吉満 智子(o-hana)、写真:黒元 雅史(STUDIO crossing)

Posted: 2022.12.10

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