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【創業170年以上の伝統を守り続ける酒蔵】

川辺町の水で地酒を造る

Posted: 2024.02.06

COLUMN

岐阜県を流れる一級河川・飛騨川沿いにある川辺町は、良質な水に恵まれています。数軒の酒屋があるこの町に、嘉永3年(1850年)から170年以上、土蔵でお酒を造り続けている「金泉酒蔵 平和錦酒造」があります。この地方ならではの気候を生かした地酒造りについて、13代目社長に伺いました。

PROFILE

平和錦酒造 13代目社長 前島正秀(まえじま・まさひで)さん

高校から実家を離れ、東京で異業種の仕事をしていた前島社長が川辺町へ戻り、13代目として社長を引継ぎ約40年。先祖代々、丁寧に引継がれてきた酒造りを踏襲しながらも、固定観念にとらわれないアイデアで「平和錦酒造」の歴史に新しい活路を見出し続けています。

土壁の蔵で酒を造り続けて170年以上
約40cmの厚みが温度変化を防ぐ役割に

ハイキングをする人たちが行き交う遠見山のふもとにある、立派な門構えの古民家が平和錦酒造です。「お店がある建物と土蔵造りの酒蔵は創業当時のものです。厚みが40cmある土壁がうちの酒蔵の一番の特徴ですね。土が外の空気や温度を遮断してくれるので、夏でも蔵の中の一番涼しいところは外よりも10度ぐらい低いんです。天然の冷蔵庫とまではいきませんけどね。土は湿気も吸収するし、いいこと尽くしです」と前島社長。

冬は外より暖かく、夏は外よりも涼しい土蔵は、酒造りにどう影響を与えるのでしょうか?

「酒を造るには寒すぎないことが大事。夏は酒造りはやりませんが、蔵の中にお酒を貯蔵していますので、蔵の中の温度は1年間を通じて温度変化が少ない方がよいのです。そういう先人の知恵で土蔵が造られたのだと思います」。

江戸時代、酒を絞るのに活用していた滑車も現存

土壁や木の樽など
自然の力を借りていた、かつての酒造り

平和錦酒造ほどの大きい土蔵造りの酒蔵は、現在はほとんど残っていないそうです。「日本各地にあった大きい酒蔵は、ほとんどが生産量を増やすために工場へ建て替えられました。見ていただくとわかるのですが、天井の梁や柱はかなり太いものを使っています。2階の真ん中の大きい梁は直径1mの松ですね。柱には木が硬い欅を使っているのですが、これだけ太く、まっすぐ長い欅はなかなかないんです。この蔵と同じものを造ろうと思っても、これだけの木材が今の日本にはない。この蔵はとても希少ですね」。

土蔵は創業当時のものということですが、道具も受け継がれているのでしょうか?

「昔は木の桶で酒を造り、貯蔵していたのですが、現在は使っていません。うちの蔵だけでなく、どの酒蔵さんも同じですね。というのも、桶を造る職人がいなくなってしまったんです。桶は『タガが緩む』という言葉の語源となったタガで締めているんですが、これは竹職人の仕事です。桶は桶屋さんと竹職人が必要なんですが、竹職人も10年以上前からいなくなってしまったんで、修理できる人がいなくなってしまった。そうなると、もう使えませんね」。

現在は、桶の代わりにホーローや金属製のタンクを使っているそうです。「衛生的には金属製のほうがいいんですけど、酒造りには木の桶のほうが断然よかったんです。外の温度が中に伝わりづらいので、よりよいお酒ができるんですよ。土や木は自然の力があるんですね。香りもあるしね。この桶は杉の木なんですよ。杉はすごくやさしい香りがするんですが、もう使えません。寂しいですけどね」。

170余年の歴史の中には
戦後の米不足や制度改革など耐える時代も

先祖は庄屋を経て1850年ごろから酒造りを始めたと言われているそうです。「170年の歴史の中で大変だったのは、戦後だと聞いていますね。酒は配給制でしたので勝手に売ることができなかったし、そもそも米不足だったのでお酒を造るのにも苦労したと聞いています。高度成長期になって、ようやく酒がたくさん売れるようになりました」。前島社長が受け継いでから一番大きい時代の変化は2003年に行われた酒類販売免許の自由化だったそうです。「コンビニエンスストアやスーパーマーケットでも酒類を売ることができるようになりました。大手メーカーがパック酒を大量に売るようになり、低価格酒がたくさん出回るようになったのが痛手でしたね。価格では対抗できないので、品質を上げて地酒ならではの美味さを追い求めようという酒蔵が多く、その成果か全国で地酒ブームが起こりました。励みになりましたね」。

杜氏(とうじ)と共に生み出していく
風土に合う地酒ならではの味わい

地酒ならではの美味しさは、どのように生み出されるのでしょうか?

「その地方独特の風土に合ったお酒、地域の人に愛されるお酒が地酒です。地酒造りに欠かせないのは杜氏の技術ですね。味が濃すぎるからもう少しまろやかにした方がいいんじゃないか、香りを良くした方がいいんじゃないかと、酒蔵の求める地酒を造り出しています。『こういうお酒を造るならこうした方がいい。お米はこういうものがいい』などと相談し、研究していますね」。

杜氏という存在についても、昔と今とでは状況が変わってきています。「杜氏はかつて出稼ぎの方にお願いしていました。しかし、出稼ぎしなくても生活できる時代になり、杜氏は高齢者のみとなってしまったのです。杜氏がいないとお酒を造ることができませんので、従業員の若者を杜氏の下で修行させました。杜氏の仕事は一朝一夕にはできないので、細かい指導を受けて約10年。今では杜氏に頼らず一人でやっていますよ」。時代の流れや変化を敏感に察知し、先んじて手を打ち、酒造りを守る体制を整えていることが、170年以上続く理由なのかもしれません。

生き物相手ならではの技術的な難しさ

「酒造りには酵母菌の力を借りています。その日の天候、温度、湿度によって予想もつかないような動きをするのです。相手は生き物、微生物ですからね。活動が活発になったり、低調になったりと、今の杜氏も修行時代ずいぶん苦労したようです。酵母が発酵して、順番に酒になっていくのですが、杜氏は毎日タンクを覗いて、元気具合をチェックする。泡が立っていたり泡が止まっていたり、プチプチプチプチって泡が出る音を聞いたりしてね。酵母の状態を見極めて、温度調整などをして求めるお酒になるように仕向けていくんですが、それが難しい。今年(2023年)の11月は暖かかったから大変でした。温度が高いとどんどん発酵してしまう。温度を下げるためにタンクを冷やしたり、発酵しているところに氷を入れて温度を下げたり。冬場、杜氏は一日も休みません。正月だからといって酵母菌は休みませんから、正月も来てチェックしています」。

「先ほど、うちは土蔵としては大きいと言いましたが、工場に比べれば生産量はとても少ないです。多く造れないということは失敗が許されないということ。だからこそ、慎重に丁寧に造っていくのです。生産量が少ないからこそ、より手をかけて面倒を見ていますね」。

味わい深いお酒造りに欠かせない
お米と南天滝の軟水

酒専用の米「酒造好適米(しゅぞうこうてきまい)」は各県で開発されて作られています。「山田錦、五百万石など代表的な銘柄がありますが、岐阜県には『ひだほまれ』があります。私どもは大体その3銘柄を使っています。川辺町の軟水も欠かせません。遠見山の反対側のふもとに南天滝という滝がありまして、うちはその水を使っているんですよ。美味しい山水で、非常に軟らかい水なんですね。お酒の仕上がりは水の硬さによって変わります。硬水で造ると酵母が元気になりすぎて早く酒になってしまうので、味が伴わない。軟水で造るとゆっくりゆっくり発酵しますので、味がのって、味わい深くなるんですね。先祖はこの土地の水は美味しい酒造りに最良だったと分かって、ここで酒造りを始めたんでしょうね」。

従来の酒造りにとらわれないアイデアの数々
消費者の声を聞いて生まれた「金泉 超辛口」

13代目を受け継いだばかりの頃は酒の値段も知らなかったという前島社長。「従来の考え方にとらわれることがなかったので、色んなアイデアを思いついたんです。制度上ダメだと言われることも多々ありましたけどね。そんなアイデアの中で実現したのは、直接消費者に販売するお店を造ったこと。もう20年ぐらいになりますね。それまでは酒造りだけを行い、販売は酒屋さんを通して行っていましたが、消費者のお顔が見えないでしょう?実際にお客様にお会いしてお声をいただくと、本当にうれしいし、やりがいにもなりますね。

店で試飲もできるようにして、お客様からのご要望の多いものは実現するようにしています。『金泉 超辛口』はリクエストに応えて生まれたお酒ですね。甘みのないサラーっとしたお酒なのですが、非常に和食に合うということで好評です。『刺身をアテに飲んだら旨かったから、また買いに来た』というお客様も来られましてね。本当にうれしいです。時代や人の希望に合わせて自分たちも変わっていかなくてはならない。あくまで酒造りの基本は押さえてね。伝統を守り続けて、それを発展させていくことが大事だと思っています」。

13代目が始めた試み
新酒をお披露目し、試飲ができる蔵開き

毎年、新酒が完成するのを楽しみにしているファンもいるそうです。ファンが楽しみにしている「蔵開き」という新酒お披露目イベントも、前島社長の代から始めたことのひとつ。「20年以上前からやっています。じわじわと広がっていきましたね。飲んでいただいて、味を気に入っていただく方が増えるといいなぁと思ったわけです。毎年来られている方もいますし、愛知県や静岡県から来られる方もいます。蔵開きでは、実際に土蔵に入っていただき、その場で絞ったお酒を皆さんに飲んでいただきます。12月から3月まで月に1回開催しているんですが、試飲できるお酒を変えているので、毎月来られる方もいます。ありがたいですね」。

吟醸を熟成させた古酒は、子どもの生まれ年のものを買い求める人が多い。

土蔵を守る。伝統を守る。
そのために、酒を探求し続けていく

伝統を守ることのひとつが、土蔵を守っていくことだという前島社長。「土蔵だからこそできる地酒で、もっとお客様に喜んでもらえる味を探求していきたいですね。もっと深い味わい、心の中に染みわたるような美味いお酒を造りたいと思うんですが、なかなかそこまで到達しませんのでね。新しい酵母菌がどんどん開発されているので、造り方の研究や原料の吟味をしていかないとなりません。そのためには杜氏の存在が欠かせませんので、杜氏と一緒に研究していこうと思いますね」。
伝統的な造り方を維持して基本的な味は残しながらも、時代の変化に合わせて品質の向上を目指していく。「平和錦酒蔵」ならではの地酒造りが今後も続いていきます。

[平和錦酒造株式会社]
住所:川辺町下麻生2121
電話番号:0574-53-5007
営業時間:8:00~17:00
定休日:無休
駐車場:あり(15台)
WEBサイト:https://www.kinsen-syuzo.co.jp

[古民家カフェ九兵衛]
住所:川辺町下麻生2098
電話番号:0574-53-4051
営業時間:10:00~16:00
定休日:月火
駐車場:あり(10台)

昨年4月に明治の初めに建てられた、うだつ造りの自宅を改装し古民家カフェとしてオープンしました。昔造りのしっとりとした雰囲気を味わいながら地酒をお楽しみいただけます。

WRITER

吉満 智子(よしみつ・ともこ)/ ライター

愛知県出身、岐阜県御嵩町在住。結婚式場と人をつなぐ仕事をメインに活動中。「ご縁を結ぶ」様々なかたちを目の当たりにし、その根っこにある「人を大切にする想い」の普遍性にしみじみする日々。御嵩に移り住んで感動したのは、徒歩圏内に蛍が飛び交うさまを見られ場所があるということ。守るべきものは、今この瞬間だと実感。

文: 吉満 智子(o-hana)、写真:黒元 雅史(STUDIO crossing)

Posted: 2024.02.06

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