【里山に学び、里山と生きる】
行政と地域が手を取り合う
「里山まちづくり事業」5年目の現在地
Posted: 2025.08.22
定住自立圏構想の一環として2019年に始動した「里山まちづくり事業」。“里山の玄関口”である美濃加茂市と、奥深い森林を抱える川辺町、白川町、東白川村がタッグを組み、「聞き書き」「里山体験」「Web発信」など多彩なプログラムを展開してきました。事業は5年目を迎え、冊子づくりやカリキュラム改訂など新たな局面へ。立ち上げから伴走してきた担当者2人に、これまでの歩みと未来へのビジョンを語っていただきました。
PROFILE
山田 夕紀(やまだ・ゆき)さん
美濃加茂市役所 まちづくり課長。農林課時代から里山政策に携わり、市独自の「里山千年構想」を策定。行政の立場で“つながりをつくる”ことを使命に、聞き書きや体験授業の仕組み化を進める。
樋口 銀二郎(ひぐち・ぎんじろう)さん
東白川村役場集落支援員。地域づくり担当として10 年超の経験を持ち、全国規模の「聞き書き甲子園」に高校生を送り出すなど世代間交流を牽引。里山文化の“見える化”と無形の宝を未来へ残す活動に情熱を注ぐ。
定住自立圏から生まれた「里山まちづくり事業」
“玄関口”と“奥座敷”が出会った、ひとつの想い
—この事業が立ち上がったのは、定住自立圏構想がきっかけだったそうですね。
山田 はい。もともと、美濃加茂市を中心とした7つの市町村で「定住自立圏」を組んだんです。どの地域も人口減少という共通の課題を抱えていて、「一緒に何かやろう」と始まったのがこの事業でした。その中でも「共通の財産って何だろう?」と考えたとき、浮かんできたのが「里山」だったんですよね。
樋口 僕がいる東白川村は、その中でも一番奥まった場所。まさに“里山の奥座敷”です。逆に美濃加茂市は“玄関口”ですよね。
山田 そうそう。だからこそ、最初から「一緒にやりたいな」と思っていたんです。同じ山並みを共有しているから、共通の思いを持てるはずだって。
—どんな思いがあったのでしょうか?
山田 地域に住んでいる人たちが「うちなんて田舎だから」「何もない場所で…」って自信を持てない姿をたくさん見てきました。でも、外から来た人は「なんて素敵な場所!」って目を輝かせるんです。その“外からの視点”があると、自分たちの暮らしの価値に気づける。だから、この事業では「誇りを取り戻す」ことを一番のテーマにしました。
樋口 自己肯定感ですよね。地域の大人たちが「自分たちの暮らしって悪くないな」って思えるようになると、子どもたちにもそれがちゃんと伝わる。ふるさとを“帰ってきたくなる場所”にしていくには、まずそこが大事だと思います。
山田 人口が増えることが目的じゃなくて、「ここで暮らしていてよかったな」って思えるかどうか。その積み重ねが、未来につながるって信じています。
—おふたりの想いが交わったのは、事業スタートの時期ですか?
樋口 実はそれぞれに似たような活動を10年くらい前からやっていたんですよ。僕は村の中で「聞き書き」の活動を続けていて、高齢の方と若者をつなぐようなことをしてきました。
山田 私も農林課時代に「里山千年構想」を作っていて、地域の人たちから昔の暮らしを聞きながら、「これは価値あるものだ」と実感していたんです。昔は地域で山を守るのが当たり前でした。地球の資源を活かした持続可能な暮らしのヒントが、里山にはあるんです。大人は未来の子どもたちへ、安心して暮らせる環境を残していかなければなりません。樋口さんとは、別々の場所で、同じような火種を温めていたんですよね。
樋口 それが定住自立圏という枠組みの中で偶然つながった。出会った瞬間、「あ、この人も同じことを考えていた」って不思議な感覚でした。
山田 本当に、あの出会いは“運命”だったよね(笑)。
—「さとやまシューレ」という名前には、どんな意味を込めているのですか?
山田 “シューレ”はドイツ語で“学び舎”の意味です。里山を通して、大人も子どもも一緒に学び直す場。学校とはちょっと違うけど、生きる力や考える力を育てられる、そんな空間をつくりたいという願いを込めました。
樋口 木を切る。川に入る。お年寄りと歩く。聞き書きをする。全部が“学び”なんです。里山には、体で感じて心を動かす余白がある。これからの時代、そこにこそ価値があると信じています。
住民の自己肯定感を育む、行政の役割
“何もない”と思っていた場所に、光をあてる
—この事業のキーワード「自己肯定感」について、教えてください。
山田 はい。外からの人が「素敵ですね」と言ってくれることで、地元の人たちが自分の暮らしに自信を持てるようになる。これはすごく大きな変化だと思っていて。たとえば、「田舎で何にもない」「こんなところに子どもを戻したくない」っていう声も、正直あるんですよ。でも、それってもったいないですよね。
樋口 そうそう。「何もない」って、思い込んでいるだけだったりします。実際は、そこにあるのが“豊かさ”だったりする。だからこそ外から来る人の目線や言葉が、地元の人の心を揺らすんです。そこに“行政の役割”があるんじゃないかなと感じています。
—行政の役割、ですか?
山田 うん。私たちの仕事って、いわば“つながりをつくること”なんですよね。この人とこの人が話したら、きっと何かが生まれるんじゃないか。そこを繋ぐのが行政の立場だと思っています。
樋口 だから僕たちがやっているのは、あくまで“きっかけづくり”なんです。きっかけを用意すれば、あとは地域の人たちが自分たちの手で動き出す。その循環が生まれてくると、まちづくりは自然と回っていくんですよね。
—すぐに効果が見えづらい取り組みだと思うのですが、手応えはありますか?
山田 数字に出るような変化は、正直すぐにはないです。でもね、体験授業や聞き書きを通して「こんなことやってみたらどうかな?」って、住民の方から提案をもらえるようになったんですよ。それって、もう気持ちが動いている証拠だと思うんです。
樋口 僕も同じです。最初は「自分には話すことなんて何もない」って言っていた方が、「聞いてもらってうれしかった」と顔をほころばせてくれたり。そういう小さな反応の積み重ねが、じつは一番大事なんじゃないかなと思っています。
山田 100人中100人に響くことはないかもしれない。でも、1人でも「なんかちょっと誇らしいな」って感じてくれたら、それはもう十分な成果。行政は、そういう“一人の変化”に寄り添える存在でいたいと思っています。
—じんわりと心を動かすような取り組みですね。
樋口 まさに。数字じゃなくて“感情の揺れ”に意味がある。しかも、それは年齢も立場も関係ないんですよ。高校生も、おじいちゃんも、おばあちゃんも、話しながら表情が変わっていく。それを見ると、「この仕事やっていてよかったな」って心から思えますね。
「聞き書き」が紡ぐ世代間のバトン
高校生とおじいちゃんが向き合った日
—「聞き書き」はこの事業の柱のひとつですね。
樋口 はい。高校生が地域の高齢者のもとへ足を運んで、暮らしや思い出を“聞く”。それを“書く”。それだけなんだけど、そこにとんでもなく深い学びがあるんです。たとえばね、山の境界線の話。昔は「この木までがうちの山だよ」って一緒に山に入った時に自然と教えられていたように、暮らしの中で自然と受け継がれてきたものが、今はないんです。おじいちゃん・おばあちゃんの話を聞いていると、「あぁ、この人たちは今、自分たちには見えていない風景が目の前に立ち上がっているんだな」っていうのがわかるんです。
山田 それを聞いている高校生もすごく真剣でね。言葉に表れない空気ごと、ちゃんと受け取ってくれる。しかもそれをまた、自分の言葉にして周りに伝えてくれる。一度でもそういう経験をした子は、その後の表情が変わるんですよ。
樋口 受け身から能動的に変わるんですよね。
山田 そうそう。最初は「先生に言われて来ました」って感じでも、終わる頃には「またやりたい」って言ってくれる子がいるんです。きっとね、「誰かのために動いている」っていう感覚が、子どもたちにとってすごく大事なんじゃないかな。
樋口 話す側の高齢者の方もね、最初は「そんな話、誰が聞いてくれるの?」って言っていたのに、聞いてもらううちに「話せてうれしい」「これでよかったんだろうか」って、ぽろっと涙を流す方もいて。そういうやりとりが、目に見えないけど確かな“つながり”になっていくんですよね。
体験が育む非認知能力と生きる力
五感で学ぶ“シューレ”という場所
—里山体験授業も、聞き書きと並ぶ事業の柱ですね。
山田 はい。たとえば木を切る、川に入る、火を起こす――どれも今の子どもたちにはなかなかできない体験なんですよね。でも、それを実際にやってみると、驚くほど夢中になるんです。
樋口 今の学校教育って、知識のインプットが中心じゃないですか。でも、さとやまシューレは“身体で感じる”学校なんです。暑い、寒い、くさい、うれしい、こわい、ありがとう。そんな感情を全身で味わうからこそ、「学んだ」っていう実感が残る。
山田 だからね、ここで大事にしているのは“非認知能力”。テストの点には出ないけど、生きるうえで本当に必要な力。今の時代、便利すぎて失われがちだからこそ、子どもたちに「体感」を通して伝えたいと思っています。
樋口 あと、大人もね、学び直しているんですよ。高校生にインタビューされるために、「自分の暮らしや地域ってなんだろう?」って考え直す時間になる。話し手さんたちがうれしそうに、自分の暮らしや地域を語る顔を見ると、自分までうれしくなるんです。
次世代に伝えたい里山の価値と、これからの展望
変わる時代に、変わらず残すもの
—AIの時代が始まっています。里山とはどうつながっていくと思いますか?
山田 AIがパソコン仕事を全部やってくれたら、私たちはもっと人と自然に向き合う時間を持てるかもしれない。薪割りして、野菜を育てて、地域の人と話して。それって、すごく人間らしい豊かさですよね。
樋口 結局ね、人は自然がないと生きていけない。AIは便利だけど、木陰の涼しさとか、湧き水のおいしさとか、草のにおいまでは再現できないんです。だからこそ、今ある“当たり前”をちゃんと記録して、次の世代に残しておきたい。聞き書きをしている子どもたちも、今はまだすべて分からなくてもいいと思っているんです。
山田 なんのために木を植えるのか。子ども・孫の世代のためだったんです。今の生活には、薪や堆肥は昔ほど必要ではありません。でも、何百年と受け継いできた経験に基づく知識を私たちの世代で途絶えさせたら、もう二度と知ることができなくなる。聞き書きや体験授業は、ずっと行政だけがやるつもりはないんです。いずれ民間や地域の人が主体となって続けられるようにしたい。私たち行政は“きっかけをつくる”のが役割ですから。誰かが「やってみたい」と手を挙げて受け継いでくれたらいいなと思っています。
樋口 すぐには結果が出ない取り組みです。でもね、10年、20年たったときに、あのときの経験が誰かの心に灯をともしているかもしれない。そう信じて、僕たちはこれからも“つながる場”をつくっていきたいと思います。
「生きる力」を里山から学ぶということ
自然の中で学び、人と対話し、自分の暮らしに目を向ける―。
それは、便利さの中で置き去りにされがちな「人間らしさ」を取り戻す営みなのかもしれません。
誰かに話を聞いてもらううれしさ。
初めて薪を割ったときの達成感。
「この場所に住んでいてよかった」と思える気持ち。
そんな小さな体験の積み重ねが、地域の未来をゆっくりと変えていきます。
山田さんと樋口さんの言葉からは、急がず、あきらめずに育てていく「生きる力」へのまなざしが感じられました。
里山は、次の世代に渡す“物語のある風景”。
それを丁寧に受け継いでいく―それが「さとやまシューレ」の使命なのです。
WRITER
吉満 智子(よしみつ・ともこ)/ ライター
愛知県出身、岐阜県御嵩町在住。結婚式場と人をつなぐ仕事をメインに活動中。「ご縁を結ぶ」様々なかたちを目の当たりにし、その根っこにある「人を大切にする想い」の普遍性にしみじみする日々。御嵩に移り住んで感動したのは、徒歩圏内に蛍が飛び交うさまを見られ場所があるということ。守るべきものは、今この瞬間だと実感。
Posted: 2025.08.22
