千年後も変わらない里山のある暮らし。持続可能な未来を考える

【環の森・横田 尚人さん】

美味しいしいたけを地元の原木から育てたい
その真摯な想いが「山を守る」ことにつながっていく

Posted: 2022.03.30

INTERVIEW

PROFILE

横田 尚人(よこた・なおひと)さん

環の森(わのもり)代表。一度は一般企業へ就職。やがて本物を作り続けるための情熱や価値がわかるようになり、脱サラして家業であるしいたけ栽培を受け継ぎ約25年。「しいたけブラザーズ」の経営者としては原木を他県から仕入れて良質なしいたけを栽培し、個人的にはどんぐりを育てて植林する活動を行ってきました。2011年に原木の流通が激減したことをきっかけに「環の森」を立ち上げ。質のよい原木を育て、美味しいしいたけの栽培を目指して活動中。

しいたけ栽培の過去と現在
効率ではなく品質のよさに重きを置いた原点回帰

岐阜県加茂郡川辺町にある「環の森」。里山林の整備・しいたけの栽培・薪の生産販売などの活動を通じて、荒れ果ててしまった地元の里山をよみがえらせる活動を行っています。横田家のしいたけ栽培のはじまりは、約50年前のこと。横田さんのお父様が美濃加茂市三和町の農家から伝授してもらった、地元の木を使った原木栽培でした。やがて、効率を上げ、生産量を安定させるために他県から安価で大量の原木を仕入れる方法に切り替え。規模拡大には成功しましたが、手入れされることのなくなった野山は荒れ、竹が密集して藪となり、イノシシやシカの被害が増えてきました。

一方、毎年大量の原木を仕入れてしいたけ栽培をするうちに、傘が肉厚になる理想とするしいたけを作るにはクヌギの原木が最適だと気付いた横田さん。
クヌギは川辺近辺ではあまり見かけないため、愛知県豊田市までクヌギのどんぐりを拾いに行き、試しに畑へ植えてみたのが「環の森」のスタートでした。

2011年の東日本大震災をきっかけに
原木を地元の里山で育てる活動に注力

「環の森」の活動に本腰を入れるようになったきっかけは、2011年に起きた東日本大震災でした。それまで主に仕入れていたのは宮城県や福島県の原木だったのですが、流通がストップ。「手に入らないのであれば、山で木を育てるところから始めればいいではないか」というアイデアが浮かぶものの、それは時間も労力もお金もかかること。「しいたけブラザーズ」として舵を切ることは難しく、横田さんは一人で「環の森」を立ち上げたのです。

しいたけ栽培では成功していたものの林業の知識がなかった横田さんは、広葉樹のセミナーを受けたり、森づくりのノウハウを専門家に教えてもらったりして、手探りで山の手入れをスタート。

以前、クヌギだと思って植えたどんぐりは、アベマキのどんぐりだったことも専門家に指摘されて気づきました。クヌギとアベマキはどんぐりも木も似ているため、間違いやすいそうですが、そもそもアベマキはクヌギの兄弟のようなもの。どんぐりも樹種もそっくりで、アベマキでも質のよいしいたけができると知るきっかけにもなりました。アベマキは川辺近辺の山でも生息しており、「地元の環境で自然に育つ木を原木に」という横田さんの思いにも合致。

クヌギやアベマキは丁寧に手入れをしていけば、15年ほどでしいたけ栽培用にちょうどよいサイズ(幹の太さが直径10~15センチほど)に育ちます。

伐採したその原木でしいたけ栽培をし、伐採した場所には新たにクヌギを植樹。アベマキやコナラの萌芽を育て、森を再生させる…というサイクルを、色々な場所で15年毎年続けていけば、16年後からは毎年質のよい原木でしいたけ作りが可能になります。

最初に間違えて植えたアベマキは、今年でちょうど15年目。「今年木を切って、つい先週『植菌』(原木に菌を打ち込む作業)を行ったばかり。初めて自分で育てた木でどんなしいたけができるのか、ワクワクしますね」と横田さん。

美味しいしいたけを作るために必要不可欠な
質の高い原木

原木の質次第で、1本の原木から採れるしいたけの量・味・傘の厚みなどが大きく変わります。地元の里山で育てた原木から良質で美味しいしいたけがたくさん採れるようになるかどうかは、試してみないと分かりません。結果が出るまでにかける15年という時間と労力は、とても膨大です。

質のよい原木を育てるためには、たっぷりと栄養を蓄えている土や日光などの自然の力だけでなく、生育環境を整えることが必要不可欠。繁殖力の高い木や竹と競争しながら育った木と、人間が手入れをした山でのびのびと育った木では、成長スピードが変わります。直径15センチの幹が育つまで30~50年かかる木と15年で育つ木とでは、木の硬さや樹皮の厚みが異なります。ストレスなく15年ほどで育った木は年輪が大きいためやわらかく、しいたけの菌が分解しやすいため、良質なしいたけを栽培するのに適しているのです。

「最初に伐った木は放置されて荒れた里山の中で育った木です。しいたけ原木として使えそうな太さの枝の部分だけを選び、しいたけ栽培をしたところ、無事に作ることができました。手入れすることなく育った木でもしいたけ栽培が可能だったということは、自然の力には恵まれているということ。あとは生育環境を整えてあげるだけなので、明るい兆しは見えています」と横田さん。

そのため、横田さんは育ちやすい環境を整えることに注力しました。

まずは手入れのされていなかった山の木を伐り、クヌギやアベマキを植樹。それ以外の樹種の芽や雑草が出ていたら下刈りし、クヌギ・アベマキを伐ってしまわないよう目印をつけて慎重に作業していきます。生育の支障となるような雑草は年3回、竹は年5回ほど刈り、環境を整えていきます。

ほだ木診断&レクチャー付き
原木そのものや薪も販売

しいたけの菌を植え付けてしいたけ菌で蔓延させた原木のことを「ほだ木」と呼びます。しいたけを計画的に出芽させるために、ほだ木を地面に打ち付け、その後一晩水につけ、さらに数日間寒い外へ置くなどの刺激を十分に与えてから温かいハウスへ入れます。本来、しいたけの発生時期は春と秋の2回のみ。でも、このような刺激を与えハウスで栽培することで、夏以外は毎日収穫することができるそうです。芽が出始めたら1週間ほどで収穫。暖かい季節なら1日2回収穫できるとのこと。収穫し終えたほだ木は林内で2~3か月休ませます。寒暖差や雨風にさらされる自然の環境に戻すことでしいたけ菌が原木の栄養を分解。十分に栄養を蓄えてからもう1度刺激を与えることで再度しいたけ栽培が可能になるのです。このサイクルを1年で3回繰り返し、1本のほだ木で3~4年栽培することができるそうです。

採れたしいたけは、地元の美濃加茂ファーマーズクラブへ卸し、可児の「とれったひろば」等JAの直売所でも販売。出荷に余裕がある時にはネット通販も行っています。

「効率よく安定的に大量生産できる菌床栽培に比べると、原木栽培の方が高価なイメージがありますが、原木栽培ならではの美味しいしいたけを手軽に食べてもらえるよう、100g200円以内で販売しても経営が成り立つモデルを作っていきたいと思っています」と横田さん。

また、「原木栽培をやってみたい。興味がある!」という人に向けて、ほだ木販売もスタート。初心者向けの「完熟ほだ木」から、1から育ててみたい上級者向けの「栽培用原木」まで、チャレンジしたい段階に合わせて販売。渡す際、ほだ木を置く場所や管理方法、栽培方法をレクチャーするので、初めて挑戦する人も安心です。

さらに、購入後も丁寧にサポート。「栽培中に心配なことがあったら、お電話やメールで相談に乗っています。ほだ木を持ってきてもらえれば、『ほだ木診断』もしますよ。重みやツヤ、音などでほだ木の状態が分かるんです。病気にかかりかけているから風通しをよくした方がいいかな、とか、もう少し湿度の高い場所に移動させた方がいいかな…とか。ほだ木に生えた雑菌でも環境が分かるので、改善点をアドバイスすることができます」。

樹皮に覆われたほだ木内部のしいたけ菌が元気な状態かどうかは感覚で身に着けたもの。「100万本の原木を素手で扱ったら一人前になる」と言われており、実際横田さんも毎日数千本、素手でほだ木に触れ続け、10年ほどでほだ木と会話するような感覚がわかるようになったのだとか。

また、最初に伐った木はしいたけの原木として使用するには育ちすぎてしまっているものが多かったため、原木として使えるもの以外は薪として販売することに。幸いなことに、薪ストーブやキャンプのブームが到来していたため、配達可能な地域限定でネット販売。最初は煙突のある家にポスティングしたこともあったそうです。

夢は「しいたけの森」を作ることと放牧

ゆくゆくはこの場所にしいたけの森を作りたい!というのが横田さんの目標。

「山を管理するのは大変。木を伐るだけではなく、植樹し、管理していかなければなりません。『山を管理してくれるなら売るよ。ただでもいいよ』という人も少なからずおり、『伐った後も放置せず整備してくれてありがとう』『木を伐ってくれたおかげで畑に太陽が当たるようになった』と言っていただけることもあり、うれしいですね。しいたけづくりに没頭するだけでなく、地元の人たちみんながwin-winになれる関係でいられるといいなと思います」。

現在は、岐阜県立森林文化アカデミーで林業を学んだ息子さんと一緒に「環の森」の活動を行っています。

「息子と一緒に大分や熊本まで視察へ行きました。見渡す限りのクヌギ山がとてもきれいで、地域みんなでその環境を守り続けているのです。しいたけ原木として使える太さの適期になったら伐採し、その切り株から萌芽したクヌギの芽をまた育てる。そんな林を毎年場所を変えながら管理していくことで、過去から未来にわたるまで原木の調達に困ることがなく、しいたけ経営も安定している。数十年前までは全国で当たり前に行われていた里山活用のサイクルをもう一度この地で復活させることができたなら、ぜひ地域の人にもノウハウを広めていきたいと改めて思いましたね。森から育てるしいたけ栽培の成功モデルを作って、地域のみなさんと共有し、原木しいたけ産業を盛り上げていきたい。一緒にやってくれる人がいてくれたら、どれだけでもノウハウは伝えますし、一緒にがんばっていきたいですね」。

また、畜産も学んだ息子さんが着目したのが戦前まで行われていた「林間放牧」。クヌギを植えた林内に牛などの家畜を放つことで森を育てながら家畜を飼うことができる。牛などの家畜に雑草となる下草を食べてもらえるため、年2~3回行わなければならない最も労力のかかる下草刈りが不要に。手間を大幅に減らすことができるだけでなく、家畜の餌代を節約でき、糞が肥料になるためクヌギの成長も良くなります。ただし、草地ではなく林内の草を食べるため、1haに1頭しか飼うことができないとのこと。まとまった土地に5~10頭飼うことを考えると、少し先の目標になりそうです。

「今やっていることは、とても時間も手間もかかること。息子と二人三脚で行っているのが励みになっています。植樹した里山は、春の新緑から秋の紅葉まで、本当に景色がキレイなんですよ。それが癒しの時間ですね」。

地元の樹種で原木をつくり、その土地ならではの美味しいしいたけを栽培していく。
その結果、質の高いしいたけをお値打ちに食べられて喜ぶ人がいる。
定期的に木を伐ることで、助かる人がいる。
やがて、里山が本来の生命力を取り戻す。

みんなが幸せになる「環」をつくる試みは、まだ始まったばかりです。

ほだ木や薪はWebサイトでも購入可能です。

「環の森」Webサイト
https://www.wanomori.net/

WRITER

吉満 智子(よしみつ・ともこ)/ ライター

愛知県出身、岐阜県御嵩町在住。結婚式場と人をつなぐ仕事をメインに活動中。「ご縁を結ぶ」様々なかたちを目の当たりにし、その根っこにある「人を大切にする想い」の普遍性にしみじみする日々。御嵩に移り住んで感動したのは、徒歩圏内に蛍が飛び交うさまを見られ場所があるということ。守るべきものは、今この瞬間だと実感。

文: 吉満 智子(o-hana)、写真:黒元 雅史(STUDIO crossing)

Posted: 2022.03.30

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