【登山や景色を楽しんでもらうことが未来の里山を守る第一歩に】
安全・安心に登山を楽しめるよう権現山を整備
Posted: 2023.03.25
岐阜県加茂郡川辺町は約7割を山林が占め、町の中央を飛騨川が南北に流れる山と水の町です。町内にある山のひとつ・権現山は、今までは山道がなく、登山者はいませんでした。そこで、権現山のある下吉田地区の人たちが「ふるさと吉田愛好会」を結成し、登山道を作る活動をスタート。整備開始から3年後の令和3年4月~翌3月の一年間に2000人弱の人が登頂する人気の山になりました(※1)。「下吉田地区にもっと人を呼びたい」というふるさと吉田愛好会会長に権現山整備にかける思いや未来像をお聞きしました。
※1 登山アプリYAMAPを利用して頂上に設定された地点を通過した人の数
PROFILE
ふるさと吉田愛好会・赤坂良造(あかさか・りょうぞう)会長
「ふるさと吉田愛好会」は令和元年発足。川辺町の下吉田地区で権現山・星神社の里山整備活動をしているボランティア団体です。メンバーは70~80才ぐらいの8名で、地元・下吉田に愛着のある名士たち。地域ボランティアを通して里山を次世代へ継承し、良好な地域社会を作ることを目的として活動しています。会長である赤坂さんは、生まれも育ちも下吉田地区。地元に愛着があり、同年代の人たちと「地域のために何かやろう」と声をかけたのが発足のきっかけだったそうです。御年80才(2023年1月現在)。地域を活性化するアイデアは尽きないようです。
「川辺の山は危ないから行っちゃいかん!」
安全・安心・楽しい山だよ!と伝えるために活動開始
「ふるさと吉田愛好会」のある下吉田地区には、権現山があります。川辺町で登山可能な山の中では比較的高い標高397m。「岐阜の熊野古道」と呼ばれる神秘的な星神社の463段の参道を抜け、本堂を参拝した後、そのまま道なりに進むと山頂に到着します。
ある時、赤坂会長の耳に「権現山には山道がなくて、頂上まで登れない」という声が聞こえてきました。「高すぎず、登りやすい山なのにもったいない!登れるようにしよう!」と愛好会のメンバーが中心となってロープを張り、木の階段をつけて登山道を作りました。「急斜面での作業は大変だったなぁ。でも、足場を作って整備をしたら、みんな楽しんで登ってくれるようになったんだよ。苦労したかいがあったよね」と赤坂会長は当時を振り返ります。「愛好会を立ち上げたきっかけは、製材業を引退したからね。前々から考えとったけど、仕事をしながらだと山を整備する時間が作れんで。『川辺の山は危ないから行っちゃいかん!』と言われているようだけど、崖があって危ないのは権現山じゃないんよ。ここ下吉田地区にある権現山を川辺町の中で一番愛される山にしたい!安全・安心・楽しい山だから登りに来てねって言いたい。そう思って、周りに声をかけたのが始まりだったかなぁ」と赤坂会長。
遠くは岐阜城を望む山頂からの景色をゆっくり楽しんでもらうため、天望台や六角堂を設置
権現山の山頂からは、川辺町を見渡すだけでなく可児市・美濃加茂市や岐阜城まで見ることができます。この景色を見た時「木を伐って、もっとたくさんの人にこの景色を見てもらおう!」と決意したそうです。そこで、第一・第二天望台を作成。整地して遊歩道を作り、休憩所「権現六角堂」を作り上げました。これができたのは、元々製材業を行っていた赤坂会長の技術があってこそ。「六角堂は設計図なんか作らんでも、頭の中にあるものを作っただけ。頂上で『これはあかんかった』ってことがないように、自宅の作業場で一度組み立ててみたりしたよ。誰でも組み立てられるように各資材に合番を振って、準備して。あとはみんなで山頂まで運び、エイヤ!と作ったよ。2トンのダンプカーで途中まで運び、道が細くなったら4WDの軽自動車に載せ変えて、車が入れるぎりぎりまで持っていき、最後はキャタピラで上げたよ」。こうして建てられた六角堂では、お弁当を食べたり、外のテーブルで景色を眺めながらくつろぐことができます。
権現山を整備していく中で山頂近くに不動明王が発見された時には驚いたそうです。いつ頃、なんのために建てられたのか記録になく、町民への聞き取り調査や岐阜新聞による調査でも分からなかったとのこと。「今までは道がなくて近づくことができなかったから知られていなかったのを、自分たちの作業によって見つかってなぁ。パワースポットにできるといいかなぁと思ったけど、岐阜新聞に『素人が作った』と書かれちゃって。うまくいかんわな」と赤坂会長は笑います。素人作でも、不動明王は不動明王。お参りできるよう道を作ったそうで、登山中に手を合わせる人も少なくないそうです。
登山者を励まし、ほっこりさせる
味のある看板が随所に
「ふるさと吉田愛好会」の活動は、午前中に整備をして、午後からお酒を飲みながらアイデアを出すこと。そんな中で出てきたアイデアのひとつが、登山者を励ます看板。「あと100mだで」「えらかったのぉ」。山中にあるお手洗には「よごさんといて。キレイに掃除しといてね」。自生する珍しい植物ツクバネの側には「木を大切にしてね」など色々なメッセージが記されています。「愛好会のメンバーには字が上手な人もおるけどのぉ。なかなか書いてくれんで、おれが書いた」とのことですが、東濃弁で温かみのある手書きメッセージは登山者にも人気。実際に励まされた!という声も届くそうで、権現山の登山を楽しんでほしい!という「ふるさと吉田愛好会」の想いが伝わっているのがわかります。「みなさんマナーがとてもよくて、ゴミが落ちていることもないし、トイレもキレイに使ってくれて、それはうれしいよな」と赤坂会長。
権現山を整備した結果、ここ2~3年で登山者が急増。令和2年度の1年間では400人ほどだった登山者が、令和4年度の7か月ですでに1300人を超えているそうで、遠くは鹿児島から来てくれた人もいるそうです(※1)。また、登山アプリ「YAMAP」だけでなく、自ら登山者数をカウントするために、権現山の入り口となる星神社の鳥居前には「登山マップ」が入ったボックスを用意。風雨でマップが濡れないよう工夫されています。
登山イベント「登ろう会」で
山に興味を持ってもらうきっかけ作りを
「ふるさと吉田愛好会」では、毎年登山イベントを開催。子どもも含め40名ほどが参加するそうです。「権現山に登るの、初めて!」という地元民もいれば、愛知県の春日井や小牧から登山に来る人もいます。「まずは山に関心を持ってもらうことが、将来的には山を守ることにつながっていくのかもしれんね。『登ろう会』は、山の楽しみ方、現実を知ってもらおう!という試みのひとつ。
子どもたちにもたくさん登ってほしいなぁ。『川辺の山は危ない!』と言われてきたけど、今では安全に登山できるようになった。学校から『ハイキングに行きたい』と申込みもあるよ。そん時はなぁ、子どもたちが安全に登れるように、子どもの目線で危なくないようにさらに木を伐って整えたりしてな。『山登り、楽しかった』ってお手紙をくれた時はうれしかったよなぁ」と赤坂会長。
「おれたちもいい年やで、後継者を…とは思うけど、仕事をしながら山の整備をするのはむずかしいよ。大工仕事ができる人も必要だし。登山してくれた人たちで協力し合って管理していけたらいいよな」。
山にも山から見える景色にもお花をたくさん植えて
季節ごとに訪れたくなる美しい景観に!
「権現山は頂上からの眺望が本当にきれい。ここから見える景色にお花もあったらいいなぁと話しとる。春・夏に咲く花を植えたら、その時期に来てくれるかもしれん。紅葉する花を植えたら、秋にもまた来てくれるかもしれん。山に登るだけじゃなく、季節ごとの景色を楽しむために登ってくれたらいいなぁと思うよね。お花だけじゃないよ。柿やザクロ、アケビも植えて『山で実ってるものは、もいでお土産にしてな』っていうのも楽しいかなぁとアイデアはいっぱいあるんよ」。川辺町の花・サツキや藤棚を作るのも目標のひとつなのだとか。愛知県で藤棚がキレイに咲くと有名なお寺へ視察に行き、今年(令和5年)の春には植える予定とのこと。「権現山は土がいいから、花や果物を植えればにぎやかになることはわかっとる。だから、あとは植えるだけ。会のメンバーとお酒を飲みながら、『サツキは山の麓にある星神社に植えて、山にはやっぱり山ツツジや四季桜がいいかなぁとか、頂上に岐阜城が見える目印を作ってあげるとええかなぁ。いや、自分で見つけるのがまた楽しいじゃないか?』などみんなでアレコレ言う時間がまた楽しいんだよね」と、赤坂会長。
権現山に登り、里山の風景を楽しんでもらうことで、里山の暮らしや自然環境について考えるきっかけになったら…。そんな想いで、日々さまざまなアイデアが飛び交っているようです。権現山登山をいかに楽しんでもらうか、何度も足を運んでもらえるようにするにはどうしたらいいのか。楽しみながら実現していく「ふるさと吉田愛好会」の活動により、里山の未来がより活気あるものになっていくことでしょう。
ふるさと吉田愛好会
令和元年度より川辺町下吉田地区で活動をしているボランティア団体。主に下吉田地区内にある星神社、権現山を中心に里山整備活動を行っている。会員による地域を盛り上げようとする里山への工夫や配慮、登山イベントの企画から注目を集めテレビや新聞でも活動が取り上げられている。
WRITER
吉満 智子(よしみつ・ともこ)/ ライター
愛知県出身、岐阜県御嵩町在住。結婚式場と人をつなぐ仕事をメインに活動中。「ご縁を結ぶ」様々なかたちを目の当たりにし、その根っこにある「人を大切にする想い」の普遍性にしみじみする日々。御嵩に移り住んで感動したのは、徒歩圏内に蛍が飛び交うさまを見られ場所があるということ。守るべきものは、今この瞬間だと実感。
文: 吉満 智子(o-hana)、写真:黒元 雅史(STUDIO crossing)
Posted: 2023.03.25