千年後も変わらない里山のある暮らし。持続可能な未来を考える

命をいただくという重みを感じながら
未来の里山のためにできること

Posted: 2024.03.05

COLUMN

田園と山、そして民家が一体となったような風景が広がっている岐阜県美濃加茂市伊深町。こののどかな町に、2021年「いぶカフェ」がオープンしました。狩猟免許を持つオーナーが地域住民から畑を荒らすイノシシやシカなどの相談を受けて、被害防止対策のアドバイスや駆除も行っています。また、カフェではジビエ料理を提供し、ジビエを身近な食用として利活用を促す活動をしています。里山における狩猟とは、命をいただくとは何か。いぶカフェオーナーの齊藤さんにお話を伺いました。

PROFILE

いぶカフェオーナー/市猟友会会員 齊藤靖憲(さいとう・やすのり)さん

愛知県一宮市出身、美濃加茂市在住。伊深町にある国の有形文化財「旧伊深村役場庁舎」に「いぶカフェ」をオープンし、鹿肉等を活用したジビエ料理などを提供しています。市猟友会のメンバーでもあり、里山地域の課題である有害鳥獣駆除の相談や狩猟について興味を持った人の相談も受け付けています。

ちょっとしたタイミングの重なりが
狩猟を始めたきっかけに

いぶカフェをオープンする前はゴルフ場に勤務していたという齊藤さん。齊藤さんのお父様は山や川での遊びが好きで、幼い頃はよく渓流釣りに出かけていたそうです。「当時は全然楽しくなかったんですよ。でも大人になってから懐かしくなって、山奥へ渓流釣りに行くようになりました。すると、たまにイノシシと遭遇するんですね。仲間からイノシシの肉をもらって食べた時に『おいしいんだな』『自分で獲りたいな』と思い始めました。同じ頃、勤務先のゴルフ場にイノシシが迷い込んで芝を掘るようになったんです。対策を練っていた時に、イノシシの肉の味が頭をよぎったんですよ。『僕やります』って手を挙げて、わな猟の狩猟免許を取りました。12年ぐらい前のことです」。

命をいただくという気持ちを忘れず
「食べないなら獲らない」がモットー

狩猟免許は捕獲についての法的な許可免許で、猟法ごとに、第一種銃猟免許(散弾銃、ライフル銃)、第二種銃猟免許(空気銃)、わな猟免許、網猟免許の4種類に分かれています。「わな猟取得後、銃猟免許も取得しました。捕らえた後、ナイフで血管を切るんですけど、動物は悲鳴を上げます。それが耐えられなくて狩猟をやめた人もいますね。自分はなんとかやっていますけど、何年やっていても慣れない。慣れちゃいけない重い作業です。いくら鉄砲を持っていても怖いですし、動物も必死なので油断すると本当にやられます。覚悟がいりますね。獲った後、埋めてしまう人も結構多いんです。実際に食べ物として活かされているのは1割ぐらいでしょうか。昔は家で捌いて食べていたんでしょうけどね。自分は、所属していた狩猟グループの先輩のやり方を見て解体を覚えました。獲った命を無駄にしたくないという思いで学んでいきましたね」。

いただいた命を大切にしたいという気持ちが大きいという齊藤さん。「だからこそ『食べる』ことが前提になるんです。狩猟をする人の目的は様々。畑を荒らした動物の駆除や、獲るまでの動物との駆け引きが楽しいという人もいる。でも、自分は食べるために獲る。食べないなら獲らないという感覚で狩猟を行っています」。

山奥の動物を獲る『狩猟』と
畑を荒らす動物を獲る『駆除』の違い

ここ数年、クマやイノシシが里に下りてくる報道を多く耳にするようになりました。「里に下りた方が簡単に餌を手に入れられると覚えてしまったのではないでしょうか。『イノシシに畑を掘られている』『猿を見かけたから見に来て』などとお願いされて様子を見に行くと、庭先に食べなくなった野菜が置いてあったりする。動物はそれを食べに来て、やがて畑を掘るようになるのです。駆除はしますが、食料となるものを片付ける提案もします。

山奥にいるイノシシを獲るのは、駆除ではなく狩猟です。人と動物の境界線がうまくできていて、生態系が山奥で完結しているので里に下りて悪さをすることがないのです。悪さをしていない動物を獲ることは『駆除』とは言わない。畑に出てきて、農作物を食べる癖がついているイノシシは駆除する必要があると思っています。

駆除という言葉はあまり好きではないし、駆除なんて行為はしないでいられるのであればそれが一番いい。駆除だから獲った命は埋めてしまってもいいとは思えません。駆除だろうが獲ったものは自分自身で食肉としていただきます」。

ジビエは個体差による
味の違いを楽しむもの

狩猟で得た野生動物の食肉は、ジビエと呼ばれています。齊藤さんはジビエを広めることで、命の利活用を促進したい想いがあるとのこと。「ジビエは食べているものも環境も違うので、味に個体差があります。おびき寄せて檻に入った個体と山奥でどんぐりばっかり食べている個体では、味も脂の色も全然違う。お店で出しているメニューは、誤解を恐れずに言うとジビエじゃないと思います。食べやすいし、癖がない。自分で仕留めて、弾の当たり所が悪くてうっ血しちゃったところでも、なんとかおいしく食べられるように工夫して出すのが、僕は本当のジビエだと思う。でも、今はジビエのおいしさを多くの人に分かってもらえるように、食べやすく処理したものを食べやすいメニューで出しています」。

癖がなく、食べやすくするためにどんなことを行っているのでしょうか。「捕獲した後、食肉にするための過程を家畜に近づけることでグッと食べやすくなるんです。罠にかかったものは生け捕りして解体施設へ運ぶのがベストですね。施設の前でとどめを刺して、手順通りに解体していきます。つまり、家畜の解体プロセスを踏んでいるんです。お肉の血を上手く抜かないと臭みや硬さの原因になるので、そうならないよう管理しているから比較的癖がないんですよ」。

ジビエのおいしさを広く伝えることが
『いぶカフェ』開業の根底に

食べることは生きること。昔から人がおいしそうに食べている姿を見るのが好きだった齊藤さんは、狩猟をきっかけにジビエを味わえるお店を出そうと考えていたそうです。「もともとはカジュアルなカフェではなく、癖のあるジビエを食べられる本格的なお店を考えていたんです。たまたま出会った旧伊深村役場庁舎という建物と地域の方の『普段着で入れるようなお店にしてほしい』という声を聞いて、方向性を変えました。この建物は地域のみなさんの思い出がある場所ですよね。僕個人の想いをここに詰め込むよりも、地域の方が気軽に立ち寄れる場所にしないと活用する意味がないと思ったんです。ジビエはお店の特徴に留め、地域に根づいた喫茶店がいいのかなと。地域のみなさんに気軽に利用してもらう一方で、このカフェをきっかけに遠方から美濃加茂にきてもらえる。ジビエに興味を持ってもらって、『イノシシ捕まえてみたいな』『狩猟やってみたいな』という人との出会いがあればと思ったのです」。

高齢化する猟師たちの技を学びながら
若い人が狩猟に興味を持つきっかけづくりを

美濃加茂では、狩猟免許を持って実際に活動している人はほとんどが70歳ぐらいなのだそう。「10年後のことを考えると心配ですね。今のうちに、熟練の技を盗んで後に伝えていかなければと思っています。僕は免許を取って10年以上たちますが、やり方に正解はない。動物の駆け引きや読み方は、人それぞれ。わな猟では、土や草木の状態で動物が通るルートを読み、そこに絶対足を置くように罠をしかけるんですが、これが難しい。猟師さんが話していることがヒントになったり発見だったりするので、聞き漏らさないようにしています」と齊藤さん。一方で、カフェ利用者の中には狩猟に興味がある人もいるそうです。「実際に現場に一緒に行って見学してもらうこともあります。今すぐ狩猟をしましょう!じゃなくてもいいんです。若い方だと自由な時間が取れないかもしれないですが、少し時間ができたからやってみよう。あのカフェの人に聞いてみよう!という人が増えてくれたらうれしいですね」。

シカの角をアクセサリーにリメイクしてカフェで販売(人気のため売り切れてることも多い)

狩猟免許に興味がある人や獣害に困っている人の
相談スポットとしても機能

興味があって狩猟免許を取るものの、実際どこで何していいかわからないという人が多いのも現実だそうです。「免許は持っていて罠をかけたいけど、私有地かもしれない。罠をかけたら定期的に見に行かなければならない。結局どこでやればいいのか分からないまま終わってしまう。そういう方も相談に見えますね」。

また、いぶカフェに来たお客様の獣害に関するお困りごとを聞いたり、お客様の家に出向いて罠をかけたりすることも多いのだとか。「声をかけられた以上、絶対に被害を減らしたいと思うので真剣です。春には竹林近くの人から、秋になると栗の木近くの人から『ちょっと見に来てよ』と声がかかるんです。イノシシが出たって言われてもどうしたらいいのか分からないと思うので、気軽に相談できる場所でありたいですね」。

ジビエの精肉所を美濃加茂に!
言い続けることで未来を切り拓けたら

ジビエをきっかけに狩猟に興味を持つ若者が増えたら…という想いを抱える齊藤さんに、今後の展望を伺いました。「生きている動物から命を奪って肉になるまで、すべて自分で手掛けたものを出せるようになりたいですね。ジビエとしてお店で出すには、保健所の許可を得た解体施設が必要です。美濃加茂には解体設備がないので作ることも考えましたが、精肉所で生計を立てるのは難しい。興味を持った人、やりたいという人が増えるだけではダメ、解体施設を作るだけじゃダメだと思うんですね。例えば見学施設を兼ねるとか、子どもが登校している時に目にするとか、そういうことにつなげていかないと。若い人が増えて、育てて、若い人たちのエネルギーと人のご縁があったら、いつか実現したいと思っています」。

曖昧になってきている人と動物の暮らしの境界線。今から線を引こうと思ってもなかなか難しいかもしれません。でも、被害を減らすためにできることはまだあります。木を切る人もいれば、狩猟をする人もいる。いろんな人の役割があってこそ成り立っているのが里山での暮らしです。「猟師の役割」「大切な命をいただくこと」を広めながら、次世代につなげていこうとしている齊藤さんは、今日もいぶカフェで地域の人と交流を深めています。

旧伊深村役場庁舎「いぶカフェ」
岐阜県美濃加茂市伊深町895

営業時間
8:30~11:00 モーニングタイム (10:45 ラストオーダー)
11:30~14:00 ランチタイム (13:30 ラストオーダー)
14:00~16:30 ティータイム (16:00 ラストオーダー)
18:00~21:00 ディナータイム(完全予約制)

定休日    毎週火曜日 第1・第3月曜日
※その他、臨時休業の場合がありますので、ホームページでご確認の上、お越しください。

ご予約・お問い合わせ TEL 0574-29-3011
ホームページ:https://ibucafe22.webnode.jp/
Instagram:https://www.instagram.com/ibu_cafe?utm_source=qr

WRITER

吉満 智子(よしみつ・ともこ)/ ライター

愛知県出身、岐阜県御嵩町在住。結婚式場と人をつなぐ仕事をメインに活動中。「ご縁を結ぶ」様々なかたちを目の当たりにし、その根っこにある「人を大切にする想い」の普遍性にしみじみする日々。御嵩に移り住んで感動したのは、徒歩圏内に蛍が飛び交うさまを見られ場所があるということ。守るべきものは、今この瞬間だと実感。

文: 吉満 智子(o-hana)、写真:黒元 雅史(STUDIO crossing)

Posted: 2024.03.05

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