千年後も変わらない里山のある暮らし。持続可能な未来を考える

【前編「タカブ(ヘボ)」】

人が生きていくのに欠かせない存在
タカブ(ヘボ)とミツバチを育み愛でる暮らし

Posted: 2023.11.17

COLUMN

標高1000m級の山々に囲まれ、東西に清流・白川が通るのどかな里山・東白川村。「狩りバチ」と「ミツバチ」の違いや生態、フードチェーンにおける役割を「全国地蜂連合会」元会長の今井さんに教えてもらいました。「タカブ(ヘボ)」と「ニホンミツバチ」の前後編でお届けします。

PROFILE

全国地蜂連合会 元会長 今井久喜(いまい・ひさき)さん

東白川村で工務店を営む傍ら、ヘボ養殖の先駆者と言われる西尾良平先生から誘われハチに関わり始めました。クレー射撃やスキー・バスケットなど多趣味だった今井さんは当初「虫けらに大人が本気になって…」と思っていたものの、ミツバチの分蜂(ぶんぽう)を見守るために仕事を調整するほどハチに魅了され約30年。日々巣づくりをサポートし、見守りながらハチの生態を発見し続けています。

スズメバチの中で一番弱い
万葉の時代から人々と共存してきた「タカブ」

現地では、一般的にヘボと呼ばれていることの多いクロスズメバチは、東白川村では「タカブ」と呼ばれています。タカブは佃煮にしたり、炊き込みご飯にしたり、五平餅の味噌に入れたり…と里山の貴重なタンパク源として食されてきました。

「岐阜県はもちろん、長野県、山梨県、静岡県、群馬県の一部や島根県でもタカブは食べてられていてね。土地ごとに呼び方が違うの。スガレ、タコべ、アタコべ、タカブ、タコブ、バチ。いろんな呼び名がある。へボっていうのは一番よく使われていてね。『弱い。ヘボい』という言葉から来ているとも言われるぐらい、スズメバチの中で一番弱いのですよ」と今井さん。

タカブと呼ばれているのはシダクロスズメバチ・クロスズメバチの2種類。「羽音が重くて空高く飛び、巣を大きく作るのがシダクロスズメバチ。羽音が高くて低いところをビンビン、ビンビンって飛んでいくのがクロスズメバチ。同じタカブと呼んでいるけど、顔面の模様も違うし特性も違うんだよ」。

タカブについては、万葉集に「スガレ」という名称で詠まれた歌が残っているそうです。「タカブは人に例えると胸が大きくて、腰がくびれていてとてもグラマー。そんなスガレの様子を乙女に例えて『美しい』っていう一節がある。万葉の時代にも、グラマーな女性を美しいって思った人がいたわけ。すごいことだと思ったよね。そういうエピソードを知って、おもしろさにどんどん引き込まれていったのかもしれないね」。

提供画像©︎今井久喜

女王バチがコロニーを作り 
社会生活を送る希少な昆虫

ハチは女王バチ、雄バチ、働きバチの3種類で構成されたコロニー(集団)単位で生活しています。ひとつのコロニーに女王バチは一匹だけというルールがあり、女王バチは毎日1000個ほどの卵を産んで子どもを増やしています。

女王バチは、初期、冬眠から目覚めると巣の場所を決定し、子バチが15匹程度になるまで、巣づくり、産卵、子育て、エサ集めを単独でこなします。やがて、子どもを産むのが主な仕事です。働きバチは花の蜜や花粉の収集、育児、巣の掃除、巣を大きくする仕事をしています。そして雄バチは繁殖期以外にはあまり現れず、交尾のためにだけ存在し、巣の中の仕事は一切しません。年を越すことができるのは女王バチのみで、雄バチ、働きバチは年を越すことなく死んでしまうそうです。

 

タカブの巣の見つけ方

ハチには狩りをする肉食の「狩りバチ」と、花の蜜を吸う「ミツバチ」の2種類あります。

タカブは小さいながらもスズメバチの仲間なので「狩りバチ」です。餌は昆虫の他に、魚や鶏などのお肉。嗅覚は大変優れていて、1キロぐらいなら匂いを嗅ぎつけてやってきます。この特性を生かして巣を見つけるのです。まずは餌となるイカを突き刺した竹をタカブが来そうな場所へ仕掛けて待ちます。やがて、タカブが餌をめがけてやって来る。この時、餌と一緒に目印をつけてタカブを飛ばし、それを追いかけて巣を見つけるのです。

「時期は6月の中頃かな。巣を見つけて、防護服を着て掘り出すの。それを箱に入れて持ち帰り、育てるのです。巣の状態を見極めるポイントは、巣に通う働きバチの数。10匹以上だと働きバチがちゃんと機能している状態、15匹以上いたら最高だね。もうひとつは働きバチの質。胴の長いハチの方が巣を大きくする傾向があるから、そういう働きバチが通っている巣を見極めることが大事。大きいので4~5キロにまで成長するよ」。

タカブが生きる1年と
優秀な遺伝子を残すための工夫

タカブは3月初旬から中旬に冬眠から目覚め、4月には花の蜜で体力をつけます。そして6月には働きバチとなるメスを出産。女王バチが産卵抑制ホルモンを出しているため子どもを産むことはなく、巣づくりと子育てに集中します。蝉や蛾の幼虫などの餌が豊富になる8月から9月は巣が急激に拡大する時期。そして、10・11月には雄バチが産まれ女王バチと交尾します。この時、優秀な子孫を残すために複数のオスと交尾する方法を編み出したのがタカブです。「交尾するとすぐに女王バチは冬眠体制に入ります。木の葉とか木くずの中とか木のウロなんかに冬眠するのだけど、単独で冬眠するのがタカブの特徴。飼育している場合は人間の都合でみんな一緒に冬眠させちゃうけどね。適度な湿度と温度変化があまりないように環境を整えるのが大事ね」。

(春)巣作りや子どものお世話で一生を終える働きバチ

働きバチは女王に命令されるわけではなく、自ら巣を集め、大きくし、子どもに餌を運ぶことを分担して行っているそうです。「成虫になってから1週間は巣の中の掃除と子どもの世話、その後の1週間は巣の外に出て狩りの練習をして、子どもの食事となる餌を運び、だいたい1ヶ月の命ですね」。働きバチ自身は固形物を食べることはしないそうです。その理由は身体にくびれがあるので、物が通らないからなのだとか。「子どもが餌を食べ、消化した液をジュブジュブ出します。働きバチはこの液体をもらって栄養源にして飛んでいくわけです。4キロぐらい飛べるっていうからすごいよね。ちょっと舐めてみると甘いんだよ。人間のお乳に似た成分と言われていて、栄養たっぷり。人間の身体に入るとすぐに吸収されるから、20年ぐらい前に中国でスペシャルドリンクとして使っていたマラソンランナーもいたらしいよ」。

(夏)暑い夏を乗り切るための扇風活動

「タカブはね、暑い時になると扇風行動をするの。巣の中の温度を下げようとしているんだろうね。扇風行動の前には水を飲みに行くんだよ。水で濡らしておいて、空気を送れば冷却効果が大きいことを本能で知っているんだろうね。飛んでいない状態で後ろ向きにしっかり捕まって羽を動かす。こんな頭のいい昆虫いないよ。この活動はミツバチも一緒。おもしろいのは、ギリシャ系やアフリカ系のミツバチは外側にお尻を向け扇風活動をする。お尻出してね。二ホンミツバチはお尻を巣の方に向けてやる。これ不思議だ。暑い空気を外に出すのか、涼しい風を巣に入れるのか…。どちらも賢いね」。

(秋)巣の拡大と共に高まる凶暴性は子孫繁栄のため

「昆虫にも母性愛ってあるんだよ。子どもを取られるっていうのは、子孫の繁栄に影響するから全力で守る。秋になるとスズメバチによる死傷事故が多いのは、巣が巨大になればなるほど攻撃力が増してくるから。子どもが産まれてきたことによって増強されることも分かってきている。だから巣が大きくなったら絶対に近づかない。攻撃してくるから。スズメバチが襲う相手っていうのは大体が黒いんだよ。明度が暗いの。白にはあまり反応しない。餌に夢中になっている時は触っても大丈夫。これは覚えておいてほしいね」と今井さん。

人を襲うだけではない
益虫としての役割も

スズメバチは一般的に人を襲う恐ろしいイメージがある一方、害虫駆除という肉食ならではの役割も担っています。「肉食のタカブは、東白川にある無農薬の茶園にとってはありがたい存在なの。なぜなら、お茶にとって天敵となるミノムシなどの昆虫を食べてくれるから。人を襲う害虫のイメージが強いけど、益虫でもあるんだよね。『害虫だから駆除しなくちゃ!』っていうのはちょっと違うと思っているよ」。

ハチはすぐれた数学者

ハチの巣は六角形の集合体。巣を大きくしていく際、少しずつゆがみが生じてくるはずで、正確な六角形にするのはとても難しいこと。「よくよく調べてみると五角形のものもあるのです。これおかしいなと思うけど、そうやって調整しているのだろうね。そもそも、六角形のデザインはねじれや曲げに強い。微調整しながら最強の空間を作っているわけ。すごい数学者だね。こんな賢い子は他にいないよ。のめり込んで飼育しているのだけど、最後には食べちゃうから残酷だよね」と今井さんは笑います。

その土地で大切に受け継がれてきた
食文化のひとつ・昆虫食

秋ごろになると巣から子どもを取り出して佃煮などにしていただきます。今井さんは家に人を招いてご馳走したり、好きな人に贈ったりするなど、暮らしの一部として楽しんでいるそうです。

以前、テレビの取材を受けてタカブを取り上げてもらった際は、タカブのすばらしさを広めてくれた一方で、食べることに対してゲテモノ扱いされたのに困惑したそうです。「昆虫食としてアピールしたかったけど、そうはならなくて。クレタ島へ行った時には『ハチを食べるんだ』って言ったら偏見なく受け入れてくれた。昆虫食に全然偏見がない地域の人もいるって発見だったな」と今井さん。異国の人でも受け入れてくれる昆虫色を、同じ日本でゲテモノ扱いされてしまう現実…。昔から受け継がれている食べものに対して、「自分たちにはこういう食文化もあるんだ」ということを多くの人に知ってほしいと語ってくれました。

WRITER

吉満 智子(よしみつ・ともこ)/ ライター

愛知県出身、岐阜県御嵩町在住。結婚式場と人をつなぐ仕事をメインに活動中。「ご縁を結ぶ」様々なかたちを目の当たりにし、その根っこにある「人を大切にする想い」の普遍性にしみじみする日々。御嵩に移り住んで感動したのは、徒歩圏内に蛍が飛び交うさまを見られ場所があるということ。守るべきものは、今この瞬間だと実感。

文: 吉満 智子(o-hana)、写真:黒元 雅史(STUDIO crossing)

Posted: 2023.11.17

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