千年後も変わらない里山のある暮らし。持続可能な未来を考える

【料理家・minokamoの里山ごはんコラム】

里山の恵み
四季の漬物と、伝承する豊かな暮らし

Posted: 2021.12.22

COLUMN

美しい赤蕪漬は、岐阜県の郷土料理のひとつ。私の祖母も漬けていましたし、地元のスーパーなど、お店でもよく見かける漬物ですが、東京で暮らすようになり、実は岐阜の郷土食だと知りました。今回は、岐阜県美濃加茂市に暮らし、赤蕪を50年以上漬け続けているという井上さんと、ご近所にお住まいで「伊深ごはん研究会」のお仲間でもある福田さんにお手伝いいただき、赤蕪酢漬の作り方と、一年を通した漬物のある暮らしについて教えていただきます。

井上さん宅の軒先に吊るされた干し柿。今年は柿が豊作だったそう。

100年以上、日々の食を見守ってきた漬物小屋。

井上さんのご自宅裏には、蔵と漬物小屋があります。
「この家は昭和5年、蔵は大正時代、漬物小屋はもっともっと古いです、屋根は付け替えましたけどね。ちょうど裏に山がありますでしょう。だからお日様も当たらずに土壁で涼しいんですよ。」

「今は漬物小屋や味噌部屋が残っている家はほどんどないです。毎年漬けているからこうして残してある。漬けない人にとっては必要のないものですからね。」と福田さん。100年以上、美味しい漬物が生まれてきた漬物小屋は、土壁だから風通しも良く、漬物によい環境です。

「大きな木樽もありますけどね、今は使っていません。あんなにたくさん漬けることないですから。昔は今の3~10倍くらいですね。今はご飯のおかずに少し漬物をつけるくらいですけど、昔は漬物がおかずでしたからね。」

少なくなったという今でも、麹漬、ぬか漬、白菜などで、漬物小屋はいっぱいになるそう。

慣れた手つきで、たくさんの赤蕪を漬ける。

明治生まれのお母さんから教えてもらった赤蕪酢漬

井上さん宅の漬物小屋の前には、しんなりした赤蕪が山盛り、樽には塩漬した赤蕪がありました。

「収穫した赤蕪はお日様に当てておいて、葉っぱはしんなりさせてから洗います。葉っぱがしっかりしていますと折れてしまいますでしょう。しんなりすると洗うときに葉が折れないんです。白菜なんかも、みんなしんなりさせてから洗うんですよ。」

なるほど、お天道様の力を借りて、作業も食材も無駄なく効率的にする知恵ですね。この日漬ける赤蕪は20kg。日に干して、洗ってあります。

「早く植えると大きくなりすぎるものですから、毎年9月20日くらいに植えて、収穫は2ヶ月後の11月20日頃で、漬物を作りはじめるんです。」

収穫した蕪は半日干すと葉が折れず、無駄なく漬けることができる。

美味しく漬物を作るには「重し」も重要

井上さんと福田さんのお二人は、漬物の話をしながら、手際よく樽に塩を入れ、赤蕪を入れたらまた塩をかけるというのを繰り返し、赤蕪を重ねていきます。塩は蕪20kgに対して800g。仕上げに残った葉をのせて、プラスチック製・取手付きの10kgの「重し」を2つのせます。小屋の横には、漬物石がごろりと、たくさん置いてありました。

「昔はこの漬物石を使っていたんですけどね、取手付きの重しの方が平らですし、持ちやすいんです。以前漬物石を落としたこともあり、その時は大変でした(笑)漬物石のときは、藁を編んで輪にした「たが」を作って、石と石の間に置いていました。そうすると漬け石が滑らないんです。」

重しの目安は一般的にはだいたい漬ける野菜の倍ですが、蕪は倍だと水分が出ないので、3倍の重しをのせるそう。大根は倍、干したぬか漬は水分がないからさらに乗せます。

「重しが大切なんです。水分を上げないと劣化しちゃいますから。早く水分を上げないといけないんです。」
美味しい漬物を作るには、素材や状態に合わせて重しを調整するのも大切な仕事。漬け込んだ赤蕪は、明日と明後日の朝1回、重しを外して平らになるよう調整し、再び重しをして、水が出てくるよう2日間面倒を見ます。

1週間塩漬した後、2度漬け。

違う樽には1週間前に塩漬した20kgの赤蕪が入っています。瑞々しくて鮮やかな紅色が美しい!ここから「2度漬け」の作業をします。一つずつ取り出しては、赤蕪に葉をくるくると丁寧に巻きつけます。

「蕪に葉を巻くと、食べるときに取り出しやすいんです。明治生まれのおばあさんもこうされてましたので、多分ずっとこうして作られてきたと思いますよ。」と井上さん。

腰を曲げての作業が大変そうですね、とお声かけすると、「若いうちは腰が痛くなってたけど、腰が年とともに正直に曲がっていくんやなと(笑)今は楽にできるようになりました。」なんておしゃっていましたが、長年漬物を作られているので体力があるんですね。全て塩漬の蕪を丸めて樽に入れたら2度漬の作業をします。

2度漬の調味料は、砂糖、醤油、酢。醤油は井上さんのアレンジ。

調味料は、砂糖、醤油、酢。
「うちは甘めが好きですから。10kgに対して800gでもいいですけど、1kg砂糖を入れるから合計2kg入れます。孫に砂糖の封を切ってもらうこともあるんですよ」とおっしゃりながら、ざーっと豪快に砂糖が入り一面真っ白に。続いて酢を1200cc、醤油が400cc入りました。その後は樽を小屋に運んでから、10kgの重しを一つのせます。

「今まで漬けてきて、これくらいが美味しいかなと思った調味料の分量です。3年前からちょっと醤油を入れたらどうかしらと作ったら美味しかったものですからね。酢を入れるのは赤色になるのと保存のため。醤油漬にしたものが一番喜んでもらえるんですよ。」

いつから砂糖を入れるレシピかおたずねすると「明治生まれのお母さんは、丸の蕪は漬けずに食べやすいくらいに切っちゃって、良い加減の塩を入れてから同じように漬けていました。私が嫁入りした昭和46年には砂糖を入れてましたね。昔はしてなかったかもしれないですが、少なくても50年以上はそう漬けてますね。昔は香典返しとか鯛型の砂糖とかもらいましたでしょう、そういう砂糖やったかもしれんね。」

これで2度漬はおしまい。この赤蕪漬物は1ヶ月後に完成、正月前からいただけます。赤蕪は酢漬け以外にも使うそう。

「赤蕪は、正月に使うくらい畑にも残しておきます。他にも、大根や白菜はそのまま藁で縛って。畑においておくと、寒いとそれ以上育たないですし瑞々しいんですよ。」

畑の赤蕪と白蕪はスライスして三杯酢に漬けると綺麗な桜色になり、お正月に彩りを添える漬物になります。

1年を通して漬物のある豊かな暮らし

取材の後、お二人が作られた漬物を食べさせていただきました。実は予定になかったことで、急遽出していただいてこの品揃え!季節を閉じ込めた漬物たちは美しい。白川茶と漬物をいただきながら、1年を通して作る漬物について伺いました。

各種漬物は小瓶でも保存、どれも美味しかったです。

「冬以外はずっと漬ける漬物があるんですよ、漬物ってなんでも出来るでね。」

【春】摘み菜漬、キャベツ漬など

「摘み菜というのは、菜の花の先を摘むでしょう、あれが摘み菜。摘み菜の中でもカツオいらずという菜が一番美味しい。塩だけで漬けます。」
キャベツは、玉ねぎや、塩昆布、紫蘇の実漬を入れたり、キャベツ漬だけでもいろんなアレンジがあります。

【夏】きゅうりの醤油漬・塩漬・浅漬、かりもり粕漬、らっきょ漬物など

べっ甲色が美しい「かりもり粕漬」はコクがあってとても美味しい!
「この漬物は手間がかかるんです。濃い塩に5日間位漬けて、粕とザラメを入れて1ヶ月漬けて、また粕とザラメを入れて漬け12月に出来上がります。今年は12kg漬けましたよ(笑)」

きゅうりの醤油漬はいい歯ごたえ!
「きゅうりの醤油漬物は簡単なんです。スライスして一晩塩に漬けて絞って、生姜、みりん、醤油を入れて強火で歯ごたえ残す程度にさっと炒めてカラカラにするだけなんです。若い方には漬物ばっかりと言われるんですけどね(笑)お茶漬にしても美味しいんです。」

歯ごたえの良い小ぶりなラッキョウの甘酢漬け。
「鳥取県産のようなそんなにいいやつじゃないけど、作ろうと思わんでも自然と出来るでね。昔は土をおこさない畑の境にラッキョウを植えると、花がたくさん咲いて増えたんです。畑の境には、ニラやあざ豆(大豆)も植えてましたね。」

【秋】赤蕪漬、紫蘇の実塩漬、茄子の辛子漬、茗荷梅酢漬、白菜漬、沢庵漬、大根ぬか漬など

「秋に実る最後の茄子で作るんです。細くて身がしまっているから、からし漬を漬けるのにかっこいいんですよ。食べきれない茗荷は梅酢漬にします。」
一年を通して風味づけに活躍するのが「紫蘇の実の塩漬」。白菜に入れたり、きゅうりに入れたり色々と使えます。

今は作られていない漬物もありました。
「昔は山にきのこがいっぱい出てたものですから、酢漬にして瓶に詰めて、味をつけてあるからそのまま食べていました。シバカブリというきのこや、白くて小さいきのこや、珊瑚みたいなきのこや、色々採れたんですよ。今は全然食べられなくなっちゃいましたね。」

こうして作った漬物は、昔より塩分を減らし、少しずつ冷凍にして保存することも。塩分があるものは凍らないので、夏にはシャリシャリして冷たく美味しくいただけたり、必要な分を解凍して少しづついただきます。

漬物のアレンジ料理で、ぬか漬沢庵を塩抜きして油で炒めて醤油を入れたものもあります「沢庵を炒めたの、名前は忘れたけどなんとかと言ってね、高山でいう(煮たくもじ=漬物を炒めて食べる)と同じでしょうけど、このあたりではその名前でなくてね、ちょこっと煮干しも入れたりして。昔は出汁といえば煮干ししかかなったからね。」

ぬか漬の沢庵漬。右は凍らせて保存したもの。

収穫や漬物作りが落ち着く冬はどうされているか伺いました。

「秋の野菜を正月までに漬け込んだ後は、畑に堆肥を入れてりして土を起こすんです。そうして3月には、春大根やじゃが芋を植えたり、いっぺんに農作業が始まるから2月のうちに土作りをします。」
冬の間にも、春に備えて仕事がたくさんあるのですね。

「粕漬けは大分年上の人から教えてもらったんです、それをずっとやってるんです。その方はどなたに教えてもらったかわかりませんけどね。それをしっかり守ってかんと美味しく作れんよと言われてずっと守ってます。伝承ですものね。」

今回漬物作りを見せていただいて一番印象に残った言葉です。
こうして昔ながらの方法が伝承されているおかげで、今日も美味しい漬物があり、私も教わることができました。

里山のふもとの畑で、自分たちで作った野菜だからこそ、新鮮なうちに旬を閉じ込めた漬物ができます。漬物がある暮らしは、豊かな暮らしだと思います。

井上さんの赤蕪の酢づけレシピメモ

井上さんの「赤蕪の酢漬」の作り方

【材料】
・赤蕪 10kg
・塩 400g
・酢 600cc
・醤油 200cc
・砂糖 800g ~1000g

【作り方】

①赤蕪は収穫してから日に半日程干して洗う。

②樽に塩を入れ赤蕪を入れたら塩を繰り返し、蕪の3倍、10kgの重しをする。最初の2日間は1日1回、重しが平らになるよう調整して蕪の水分をだす。

③②を7日漬け込んだら重しを外し、赤蕪に葉を巻いて別の樽に重ねて入れ、砂糖、醤油、酢を入れ、10kgの重しを乗せて1ヶ月ほど漬けたら出来上がり。

WRITER

minokamo(みのかも)

料理家、写真家、フードコーディネーター。岐阜県美濃加茂市出身。加茂郡七宗町神淵で祖母と料理したことが、料理家になったきっかけ。故郷の名を借り、地域の食を活かした提案、郷土食の取材や現代に作りやすい料理にアレンジも得意とし、執筆も手がける。日常の食を豊かにする器使いも各媒体で提案している。祖母が暮らしていた「神渕の家」を譲り受け、料理スタジオとしてイベント等も開催している。 連載/岐阜新聞「毎日ごはん」、PAPERSKYSKYサイトjapanese Local Cuisine 著書/「料理旅から、ただいま」(風土社)「ふるさと雑穀のっけごはん」(みらい出版)

文: 長尾明子(minokamo)、写真:黒元 雅史(STUDIO crossing)

Posted: 2021.12.22

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